2022年4月 ミサ説教
4/3(日)10:00- 四旬節第5主日 ヘネロソ・フローレス 神父
4/10(日)10:00- 受難の主日(枝の主日) 英 隆一朗 神父
4/14(木)19:00- 主の晩さんの夕べ レンゾ・デ・ルカ 神父
4/15(金)19:00- 主の受難 グエン・タン・ニャー 神父
4/16(土)19:00- 復活の聖なる徹夜祭 英 隆一朗 神父
4/17(日)10:00- 復活の主日(日中のミサ) 英 隆一朗 神父
4/24(日)10:00- 復活節第2主日(神のいつくしみの主日・初聖体) 柴田 潔 神父
復活節第2主日(神のいつくしみの主日・初聖体)
柴田 潔 神父
4/24(日)10:00- 復活節第2主日(神のいつくしみの主日・初聖体)
今日は3つのお話をします。神父さんが時々質問をするので、よく聞いていてください。
最初は弟子たちのお話です。
復活されたイエスさまは、十字架で受けたひどい傷がありました。手と足と脇腹に傷がありました。弟子たちはユダヤ人たちを恐れていたんだけど、急にイエスさまが現れて、それも痛そうな傷があって、とってもびっくりしました。弟子たちはイエスさまを助けないでみんな逃げちゃったから、イエスさまから叱られるんじゃないかと思って、ビクビクしていました。
質問です。逃げてしまった弟子たちをイエスさまは叱りましたか?
はい、首を振ってくれました。そう、叱りませんでした。叱らないかわりに何て言ったかわかる?そう、平和があるように言ってくれたんだね。平和があるようにっていうことは、イエスさまは怒ってる?ううん、怒ってないよね。イエスさまはもうゆるしてくれてます。臆病だった弟子たちは逃げてしまったけど、イエスさまはゆるしてくれました。それだけじゃなくて、イエスさまは「あなたがたを遣わす」と言っています。遣わすってどんなこと?お母さんからのお使いのこと?お母さんからのお使いで牛乳買ってきてとか、お肉買ってきてとか、そういうお使いを頼まれるかもしれません。イエスさまにもみんなからして欲しいことがあったから、お願いして遣わしました。弟子たちは逃げちゃったけど、イエスさまがゆるしてくれて、わたしと同じようなことをしなさいと遣わされました。
2つ目は神父さんのお父さんのお話です。神父さんのお父さんは、神父さんになるのを反対していました。孫の顔を見たかったんだね。みんな孫ってわかる?おじいちゃん、おばあちゃんからしたらみんなのことは孫なんだよね。聖金曜日、だんだん弱っているお父さんに神父さんはこう言いました。神父さんになるのをゆるしてくれてありがとう。孫の顔を見せられなくてごめんなさい。そうしたらお父さんは左手をあげて「いいよ」って言ってくれました。もうゆるしてるから、くよくよしないでやりたいことをしなさい。世界が平和になるように頑張りなさい、と左手で遣わしてくれました。
3つ目は初聖体のお友だちへのお話です。みんなはゆるしの秘跡を受けた?受けたね。神父さん怖かった?ゆるしてくれた?ゆるしてくれたね。怖くなかった、ゆるしてくれた。
イエスさまと同じ、神父さんのお父さんと同じです。みんなもイエスさまからゆるされて、遣わされて行きます。これからいただくご聖体には、イエスさまからのお願いごとが詰まっています。イエスさまからのお使いって、わくわくするよね。お母さんやお父さんからのお使いとはちょっと違うと思います。たとえば、侍者をしてください。平和のために働いてください。この前の日曜日から、ウクライナの応援のトートバッグのお手伝いをしてくれたお友だちもいるよね。困っている人を励ましてあげてください。仲直りのお手伝いをしてください。広い心で、世界中の人のお手伝いをしてください。ご聖体には、イエスさまからのゆるしと、イエスさまのお願いごとが詰まっています。今日初めてみんなはご聖体をいただくけど、これからずっと、どんなことをイエスさまはわたしにお願いしたいのかなと、そのことを考えてほしいです。
みんなが今日初聖体を受けられるように、たくさんの人が応援してくれました。教会学校のリーダーたちは丁寧に教えてくれたよね。父母会の役員さんも、衣装やプレゼントの用意をしてくれています。生け花グループ、マルマリのみなさん、写真チームのみなさんにもお世話になります。教会のみなさんが、そしてお父さんお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃん、おじいちゃんおばあちゃんが今日の初聖体をお祝いしています。みんなはどんな気持ちで初聖体を受ける?みんながお祝いしてくれてるから、うれしい気持、ありがとうの気持ちで初聖体をいただきましょう。
初聖体を受けられた皆さま、ご家族の皆さまおめでとうございます。
復活の主日(日中のミサ)
英 隆一朗 神父
今日、復活の主日には、ヨハネの福音書20章の最初が朗読されています。イエスさまの墓が空っぽであった、イエスさまの遺体がなかったということですね。シモン・ペトロとヨハネが墓に入り、何が置いてあるかというと、亜麻布とイエスの頭を包んでいた覆い、つまり2枚の布がその中にあったということですね。このような細かい目撃証言があるというのは、多分この福音書を書いたヨハネが、実際にそれを見たからでしょう。しかもその布の置いてある場所まで、あっちとこっちというふうに書いてあるわけですね。実際、墓の中には布しかなかったということなんですね。
この教会の聖堂の1つの特徴はイエスさまですけど、復活したイエスさまの像がかかっています。この復活したイエスさまの姿は一体どの場面を描いているのかといったら、これはイエスさまがお墓の中で復活したてのところなんですね。この姿を誰も見ていないところの場面が、スナップショットのように描かれているというかですね。というのは、よく見ていただいたらわかると思うんですけど、イエスさまが身にまとっているのは服ではないんですね。胸がはだけていて、片方の腕も出ていたりして亜麻布が彼にかかっている。頭の覆いは取られて、体についている亜麻布が外れかかっている。そういう復活したての、まだ誰も見ていないイエスさまの姿が実は描かれているということなんですね。
この後どうなったかというと、イエスの身にまとっている亜麻布をそこに残して、イエスの体だけが今度は次元の変わる世界に消えていくというか、復活した体で別のところに行かれる。その後にヨハネとペトロが来て、イエスさまが身にまとっている布だけ見たということなんですね。だからこのイエスさまの姿は、実際は誰も見ていない姿。復活したてのイエスさまの姿を、言わば想像的に描いているとも言えるでしょう。彼らが実際見たのはその後の、墓の中に残されている布だけだったということなんですね。でもそのすぐ後にイエスさまはマグダラのマリアに現れるわけですが、イエスさまは裸でピュッと抜けているわけですけど、その時は復活した体に別の服をまとって現れるということになるんですね。
しかも、その後のイエスさまの復活も不思議なんですけど、第1朗読でペトロがおっしゃっているとおり、イエスさまが復活して現れたのは、民全体に対してではないんですね。
イエスさまが復活で現れたのは、前もって選ばれた証人、イエスさまを信じていた人々にしか自分の復活した体を示さなかった。ピラトとかカイアファとかアンナスとか、敵対する勢力の前に現れたらいいと思うんですけど、全然現れていない。イエスさまを信じた人々にしかイエスさまはその姿を現していないということなんですね。それはなぜかと言ったら、イエスさまはその信じた人々に現れて、信じた人々が復活のメッセージを人々に伝えていくために、その人々にしか現れていない。イエスさまの復活の現れに与った人は、信仰をもってそれを受け止めて、そこから新たな使命を受けて、派遣されていくことになるわけですね。全世界に向かって、イエスさまの復活の証人となって、この後、弟子たちが復活したイエスさまの恵みを伝えていく使命をいただいたわけです。
わたしたちここに集まっているほぼ全員だろうと思いますけど、わたしたちは信じた者として今ここに集まっている。そして信じているわたしたちには、復活したイエスさまがその姿と恵み、メッセージを示されることでしょう。そしてそれを受けて、わたしたちは人々に、少数にしか明かされていない復活の恵みを人々に伝えていく使命が与えられているということを、今思い起こしましょう。信仰者にしか復活の恵みは示されないということですから、わたしたちはいただいた信仰をもって、イエスさまの復活の恵みを受けて、喜びを少しでも周りの人に分かち合っていけたらいいのではないかと思います。そして遣わされる、人々に証しするということは、人によっては遠くに行く人もいる。わたしは遠くといっても日本国内ですけど、遣わされることになりました。今日、聖体奉仕者に任命される方々もその任務を受けて、信仰者としてそれを受け止めて、復活の恵みを分かち合っていく使命として聖体奉仕者に任命されるということですね。そしてここにおられるすべての信仰者は、やはり復活した主の恵みを受けて、自分自身に与えられた使命を果たしていくように、それは物理的にというよりは多くの方は今まで通りの場所で役割を果たしていく。それを新たに心に刻んでもらったらいいのではないかと思います。
わたし自身は8年前に、イエスさまの派遣というのはいつも驚かされますけれども、一生涯黙想指導の仕事をすると思っていたら管区長から、教会で人が足りないからイグナチオ教会で3、4年くらい働いてくれと言われたんですね。断る理由もなく、まさか働くとは夢にも思っていなかったですけど、それもやはり主の派遣、主がここに遣わしたいと思われたんだと思います。それでわたしはここに来て、3、4年が結局8年になりました。わたし自身はずっとここで働くと思っていたんですけど、次の管区長がわたしを別のところに遣わすと。それも実はとても驚いて、わたしは穴埋め要員で、人が足らないところにだいたい送られて、あんまり長くいないようなタイプだったんですけどね。いずれにせよわたしも新たなところに派遣されることになりました。それはわたしにとっても、いつもそうなんですけどサプライズなんですよね。それほど予期していたこととか自分から希望を出したとか、そういうことは全くないんですけれども、主がそこに行けと言われたからここに来て、主がまた別のところに行けというからわたしはそこに行くということですね。遣わされたところで自分の最善を尽くして、出来る限りのこと、そして特にイエスさまの復活の恵みをどう人々と、そこにいる方々と分かち合っていくか、それを心掛けてきたというふうに言えると思います。
まだここの仕事が今日も詰まっていて、次に何をするかまだ考えられてないんですけれども、新たなところに派遣されたらそこで主の派遣を、遣わされた使命を精一杯果たしていく。それはペトロ、ヨハネからずっと同じことだと思いますね。わたしたち一人ひとりは神さまから遣わされた者として、それがサプライズであったり、今までの継続であったり、それはケースバイケースですけれども、主が託している、皆さん一人ひとりに与えられている使命を忠実に、誠実に、そして信仰者としてそれを果たしていけるように、この復活の恵みを特に周りの人々と分かち合っていけるように、互いのためにお祈りし合いたいと思います。
英神父様、8年間ありがとうございました!
ミサ終了後花束贈呈
中庭でミニ送別会
お元気で、またお会いしましょう!
復活の聖なる徹夜祭
英 隆一朗 神父
皆さん、主キリストの復活おめでとうございます。今年もイエス・キリストの復活を迎えることができて、非常にホッとしているというか、喜ばしい気持ちです。 今日の福音書はルカによる福音書の、イエスさまの復活の最初の出来事が語られています。輝く衣を着た2人の人、天使のような方が、イエスさまのお墓のところに来た時に婦人たちに「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」とおっしゃったわけですよね。
生きておられる方を死者の中に捜すというわけですね。実際のところイエスは亡くなって、死と落胆と、がっかりした気持ちの中で、男の弟子も女性の弟子たちもそのような気持ちだったでしょう。でもイエスさまはそこにはおられない、生きておられる方だと天使たちが言うわけですね。
実際、今年の四旬節もまた重苦しいものだったと思います。コロナウイルス感染症が収まりきらないだけではなくて、2月の終わりからちょうどこの四旬節の中で、ロシアがウクライナに侵攻するという、戦争というか、そのようなことも今回は非常に重苦しくわたしたちにのしかかっている。その中でわたしたちは復活祭を今、祝っているわけですね。その中で思い出すのは、私の好きな言葉なんですが、「それでも喜び、希望、感謝」という言葉です。
鹿児島教区の前の司教さん、郡山司教さんという方がおられて、知り合いだったので鹿児島まで彼の叙階式に行ったんですけれども、その時に「それでも喜び、希望、感謝」という言葉が彼の叙階カードに書いてある。その裏に説明があるんですが「標語の中でもカギとなるのは、『それでも』だ」と。世界は平和に程遠く、今なお闇に包まれているけど、それでもわたしたちは平和を求めて、喜びと希望と感謝を生きていく。あるいは病気や死や苦しみ、不条理なものがあっても、それでもその中でわたしたちは喜びと希望、感謝を求めていこうという彼のメッセージなんですが、それでもわたしたちが喜びや希望、感謝を見出すことができるとすれば、それは復活のイエスさまの力がやっぱり働いているからでしょう。そこにわたしたちが希望を置く時に、わたしたちは何かポジティブなもの、前に向かっていく力を得ることができるのではないかと思います。
この四旬節は戦争のことを強く考えて、あれこれ考えることが非常に多かったです。そして今日は、イグナチオ教会は洗礼を受ける人が多いので、復活徹夜祭と明日と2回に分けて洗礼式を行っているんですが、洗礼の恵みのこともわたしたちは思い浮かべたらいいと思います。そして今日、明日洗礼を受ける方々は、ある方々は辛さや苦しみや困難を感じた時に、それでも喜びと希望と感謝を福音の中で見出して、洗礼を受ける恵みに与っているのではないかと思います。
自分が洗礼を受けた時のことを思い出したんですけれども、わたしが大学生、20歳の時ですね。1980年なのでかなり前なんですが、洗礼を受けるきっかけは何かと言ったら、タイにカンボジア難民が流入していて、そのカンボジア難民のボランティアに行ったことなんですよね。それがきっかけになって洗礼を受けて、わたしも神さまの喜び、希望、感謝を感じた。あるいは洗礼を受けて復活の恵みをいただいて、自分の人生が生き生きしたものとしてスタートすることができたんです。でもよくよく考えてみれば何でわたしが難民キャンプに行ったかと言ったら、戦争があったからですね。その当時はカンボジアが内戦状態のひどいことになっていて、ポル・ポト政権という共産党の政権が大虐殺をやったり、それに対して反対勢力が来たり、隣のベトナムも戦争に介入して、カンボジアがぐちゃぐちゃな時代だったんですね。もう1つ前の時代はベトナムの戦争ですよね。アメリカとの戦争があって、結局、世界中はいつも戦争をしているんですけど、もしあの時戦争がなければボランティアにも行かなかったし、洗礼を受けることがなかったんですね。それを考えた時に、どこから神の恵みが現れるのか本当にわからないという気持ちが強くします。
先ほどの言葉「それでも喜び、希望、感謝」。それでもどころじゃなくて、カンボジアの戦争があったからこそ、あるいはその中でこそ、あるいはそこに関係するからこそ、わたしは喜び、希望、感謝を得て、自分の人生を歩むことができるようになったわけです。わたしたちが今、戦争の苦しみや病気の苦しみや、様々な困難を抱えている方々も依然として多いでしょうけど、その中でこそわたしたちは喜びや感謝や、新しい生き方をしていく恵みの時が与えられているということも事実だと思いますね。それは復活の力が、十字架や死や苦しみを超える復活の力が働いているからこそ、一見苦しみに見えるものの中にもわたしたちは恵みを見出し、力を見出し、新たに出発していくことができるんだと思いますね。洗礼を受ける方々は、この復活の力を信じて、復活の恵みを自分の身に帯びて、これからの人生を歩んでくださったらいいと思います。
これから様々な困難がまだまだ来るんじゃないかという気もしますが、物価高とか食糧難とか、もしかしたら日本は地震とか、どんなことが来るかもしれないですけれども、わたしたちは絶望したり、がっかりするだけでなくていいということですよね。その中であってもわたしたちは復活の力を信じて、喜びと希望と感謝をもった人生を歩んでいくことができる。あるいはそのような生き方を絶えず探しながら、わたしたちは歩んでいくことができるのではないかと思いますね。洗礼を受ける方々と共に、わたしたちも皆、洗礼の恵みを更新して、困難に負けないで、あるいは困難の中でこそ喜びと希望と感謝を見出しながら、イエスさまの復活の喜びを生きていくことが出きるように、皆で共に祈りをささげたいと思います。
主の受難
グエン・タン・ニャー 神父
先ほど読まれたイエスの受難物語は長かったですね。お疲れさまでした。
幸いに教会の典礼の中では年2回だけ、イエスの受難の物語を読みます。枝の主日と今日ですね。しかし、この長くて、あまりにもひどすぎるイエスの受難物語を読む時に、イエスの弟子であるわたしたちには祈りのために素晴らしいヒントを与えてくださいます。今日は2つのヒントだけ話させていただきます。
まず、この受難の物語を通してイエスの愛を確認できることです。イエスはどれほどわたしたち人間を愛したのかを確認できます。イエスは苦しみを受け、自分の命を捨てるまでわたしたち人間を愛してくださいました。聖ヨハネが書いたように、これ以上の愛はないのです。イエスはこの愛をいつもわたしたちに与えようとしています。イエスの愛に少しずつ近づくことは、イエスの弟子の生き方なのです。そしてこの愛を受けたわたしたちも、周りにいる人々に同じような愛をもって愛するようにと招かれています。
次のヒントですけど、この受難の物語を通してイエスの死に対する人々の反応を知ることができます。イエスを裏切ったユダ。イエスのことを否定したペトロ。イエスの死と関係を持たないようにしたピラト。イエスをどうしても十字架につけようとした当時の祭司たちと民衆。これらの人々の反応を見てみると、イエスの死に対する自分の反応を見つめることができます。自分に次のような質問を問うてみることは、価値があるんじゃないかなと思います。
わたしはユダのようにイエスを裏切ったことがあるでしょうか。あるいはペトロと同じようにイエスのことを否定したことがあるでしょうか。もっとも考えるべきなのは、わたしはイエスの死と何の関係もないと考えたことがあるでしょうか。
どうか、毎年2回しかないけれども、イエスの受難の物語を読む時、イエスの愛をより深く理解できることと、イエスの死に対して正しい反応を持つことができるように、お互いのために祈りましょう。
主の晩さんの夕べ
レンゾ・デ・ルカ神父 神父
この聖木曜日のミサを担当することになった時から、キリシタン時代はこういうミサをどういうふうに祝っていたかということを調べてみました。今日は残念ながら洗足式がないんですけれども、1562年のアイレス・サンチェスという神父の手紙では、彼の地方で初めて洗足式をやることになりました。最初、彼が説明すると信者たちは、いやいや神父様がやることはないだろう、わたしたちがやりますと。彼が、いやいや、聖書にはこう書いてあるからわたしたちはこうしますよと言うと、じゃあ神父さまが終わったらわたしたちにさせてください。いや、そういうことではないんだ、これはこういう儀式だと説明していて、細かく手紙に書いてあります。
そうすると彼らはわかったんですけれども、やはり参加する人たちは納得いかないということがあって、人が立ち上がって、いや、させてください、神父さまがするんだったら困りますというんですね。あの時はもちろん、そういう時代、そういう社会的な身分というか、偉い人がやることとやらないことがはっきり決まっていた時でもあるんですけれども、最後は何をしたかといえば、洗足式が行われる間に、今日わたしたちが読んだ福音書、つまりイエスが使徒たちの足を洗って、またペトロがさせていただきたくなかった時の話、それを繰り返して朗読していたんですね。それでやっと当時のキリシタンたちは、初めての洗足式におとなしく参加できるようになりました。
考えてみますと、こういうような儀式ですね。イエスが食事の途中で、特に食事がわたしたちから見ると最初のミサに当たるような非常に大事な時に、こういう席から立って上着を脱いで足を洗うということは、いくらなんでもやるんだったら食事の前とか、おそらくペトロたちもそういうふうに感じていたんですね。だから当時の日本人たちだけじゃなくて、弟子たちもそう感じていたに違いない。あとは説明があるんですけれども、その説明がない形でずっとイエスが足を洗っているんですね。
イエスがその晩餐、わたしたちはこれから祭壇で行う御ミサなんですけれども、パンとぶどう酒を渡して「わたしの肉です」と。「からだ」とわたしたちは訳していますけれども、「肉」ですよね。「わたしの肉を食べなさい」と言われたら、普通だったら気持ち悪いでしょう。「わたしの血を飲みなさい」といって渡されたらですね。ですから決して一発ですぐ「わかりました」というようなしるしではないんです。たいていわたしたちはこの聖木曜日、明日、明後日もそうですけれども、あえてイエスがある意味ではショッキングなしるしを選んで、弟子たちと最後の晩餐を行うことにしたんですね。ペトロたちは正直というか、普通の人間がするような感覚、あるいは拒否反応みたいな形、イエスこそ救い主であって神の子であるということですから、そういうような感覚が当然ながらあっていい。イエスもある程度まで、今はわからないけど、そのうちにわかるんだということを説明していますが、なかなかそういうふうに人間の感覚が働かないということです。
その目に見えるしるしを、もちろんそれなしでも、わたしたちは今日洗足式なしでもミサができますし、その内容がそれで落ちるわけではないんです。今日の第二朗読でしたけれども、パウロが、あえて目に見えるしるしを通して、これを記念としてわたしたちはするんだと。これを記念として行いなさいというのは、イエスご自身がそういうふうに残してくださった。わたしたちの勝手な思いではない。イエスご自身が、こういう形で記念しなさいと残してくださったんですね。ですから当然ながら、わたしたちも把握しきれていない部分がその中で行われている、あるいはその中に含まれているといってもいいと思います。ペトロが拒否した時、足など洗わないでくださいと言った時には、イエスが、洗わないんだったらあなたとわたしの関係を持たなくなるんですよ、という説明ですね。これもかなり激しい反論と言いましょうか、ペトロはびっくりしたと思うんです。やはり繋がりですね。神さまとの繋がり、人との繋がり、あるいは自分自身との繋がり。これは記念です。
わたしたちは今日、2000年後にこの御ミサを行うということは、イエスのあの時期と今との繋がりを切りたくないんだと。コロナがあってもこういう限られた人数、またネットを通して繋がりたい、イエスの行ったことを忘れたくない、命まで捧げてくださったイエスの仲間だと、その記念ですね。わたしたちは、普通のミサでもそうですけど、あえて今晩それを意識して行いたいし、これからもそのような気持ちで参加するようにしたい。ミサへの参加の回心みたいなことが、このコロナのおかげでも少しあるかと思います。皆さん方は今日、来れてよかったと思っていると思うんですね。人数から見ますと選ばれた人々といってもいいかもしれません。選ばれたからこそ、他の来れなかった人たち、参加したかった人たちと気持ちを合わせて一緒に祈る、交わる、繋がるということですね。
もう1つ、このペトロとイエスの短いやり取りの中で表れることですが、ペトロが洗ってください、あるいは洗いなさいとイエスが言ったら、ペトロはすぐしたに違いないんです。けれどもイエスが、神の子であるわたしに洗わせてくださいと言っているような内容ですね。だからなかなか理解しにくいと言いましょうか、当時、今でもですね。やはり奉仕する神の子の姿、もう少し広く言えば、神さまご自身が「奉仕する神さま」。わたしたちのために御子を遣わして、その御子を十字架にまでつけさせられて、そこまで苦しませて。わたしたちのためにです。ですから内容から見ますと、足を洗うどころではないんですね。それこそわたしたちは驚くべき出来事ですけれども。やはりわたしたちに与えられたしるしとして、このご聖体、それはすべて含むような形になる。ただし、わたしたちが見るとただのパンの姿ですから、下手すると慣れてしまって、そのありがたさ、あるいはその含んでいる意味が、記念する内容として薄れてしまう可能性があります。
ペトロが神の子であるイエス、師であり主であるイエスに洗っていただいた時に、おそらく将来、教会全体に自分が足を洗わなければならないと、ペトロが殉教する前に、イエスが亡くなってまた昇天したあとで、おそらく何回もこれを思い起こしたでしょう。あの手間がかかる教会、あるいはグループ、また迫害中にある、あの時代はネロ皇帝の時代ですから、クリスチャンたちはたくさんの人が殺されて殉教していく中で、おそらくペトロも何回もそれを思い起こして、あ、足を洗うんだと。そういうような話が彼の記念、教会、今に至っての記念です。わたしたちがその心を感じながらこのミサに与って、またこれからのすべてのミサに与って、深める恵みをお願いしたいと思います。
受難の主日(枝の主日)
英 隆一朗 神父
今日は受難の主日ということで、ルカによる福音書の受難物語を朗読いたしました。わたしたちもイエスさまの受難と死、これをしっかり受け止めていきたいと思います。実際のところコロナウイルスの感染症がもう2年以上続いて、わたしたちはある意味ずっとイエスさまの受難の中にいると言えないこともないかもしれないです。
コロナの中でさまざまな人がさまざまなメッセージを出しましたが、一番心に残っているのは教皇フランシスコの「コロナの中で生きる」というタイトルでしたか、PHP研究所から出ているものです。その中で彼が自分の体験を語っていて、自分自身の個人的なコロナの体験、それは結局自分の苦しみの体験がどういうものであったかということを語っておられるんですね。それは3回あったというんですが、1回目は21歳の時に肺の病気で死の直前まで、お医者さんの見立てだけじゃなくて経験ある看護師さんの働きで、手術や投薬で何とか彼は生き延びたわけですけど、その時彼は死の淵を、ギリギリのところをさまよっていた。その時に彼が一番励ましになったのは何かといったら、いろいろな人がお見舞いに来てくれて、大丈夫だからとか、元気になるとかいろいろ言ってくださったんですけど、そういう言葉は苦しみの中にいたのであまり響かなかった。子どもの時からお世話になったシスターが彼のところに来て、「あなたはイエスと同じ体験をしているのです」と、たった一つの言葉を彼に告げる。それが彼の心を震わせて一番励まされたと言っていました。
確かにお見舞いに行くことが多いですが、何をしゃべるのか案外難しいんですよね。本当に駄目だとわかっていても、大丈夫だからとか、きっとよくなりますよとか、安易な励ましの言葉しかできないんですけど、イエスと同じ体験をしているというふうにはっきりとこのシスターが語り、当時ベルゴリオさん、まだ神学校に入っていないけれども、その言葉を彼はしっかり受け止めて、病床でイエズス会に入ることを決めたわけですね。
その後も彼の人生は本当に波乱万丈ですが、管区長になったり、その頃ものすごく大変だったんですけど、でも彼が挙げてるのは管区長と院長職が終わった後ですね。彼は強烈な指導力があったので、彼に反対する反ベルゴリオ派もいっぱいいて、実はアルゼンチン管区が二分するくらいでした。彼の賛同者もいっぱいいたんですけど、結局彼のやり方が当時のイエズス会のやり方にあまりあっていないという判断になって、ベルゴリオ派が全部追放されてしまった。伝記を読んだ時には信じられなかったですけど、イエズス会の中でもそういうことがあるのかとちょっと驚きました。結局彼は50歳を超えてドイツに留学させられるんですね。でもそれはどう考えても左遷人事の1つだと思います。それでドイツにいる時にものすごく深い孤独と辛さを感じた。そこで1年ぐらいいて、紐を解くマリアさまに出会うんですけど、やはり博士課程をするのは無理ということで帰国するんですよね。
帰国したら当時の管区本部の人たちが非常に恐れて、つまりせっかく追いやったのに帰って来てしまったから、結局田舎のところに彼を左遷するんです。それが3度目で彼の非常に辛い時期だったと。今までいろいろな活躍ができていたものが、まったく活躍できず、いわば窓際族のような形になってしまった。それが2年くらい続いたと書いてありました。それが本当に辛い時期だったと彼は言っているんですが、その時こそ自分の魂の浄化、自分を清める時だったとはっきり書いてあります。その浄化の時を通して無力さと沈黙の中に自分の身を置かざるを得なくなって、そこから忍耐力、理解する力、ゆるす力、無力な人々を思いやる気持ちが、本当の意味で自分の中に育ったと書いてあるんですよね。そして時間がいっぱいあったので、その時彼が読んだ本が何と、ルードヴィッヒ・フォン・ヴァストゥールという人の有名な「教皇の歴史」という、37巻本のものすごく長い本で、何の気無しに彼は教皇の歴史を読んだというんですね。それは結局準備だったというんです。歴代の教皇がどんなに大変だったか、追放されたり幽閉されたり、2人とか3人になったり、教皇さまでも滅茶滅茶なこともいっぱいあるわけで、そんな歴史を読んでいるので、今は少々の困難があってもどうということもなくなった。あの本を読んだのがワクチンを打ったようなものだったと書いてあって、その2年の最後に、左遷されている場所で補佐司教に選ばれて、それから大司教、枢機卿、教皇になるわけです。彼の後半の活躍は、左遷されていた2年間の苦しみの時期を通してそれが生まれたということです。ちなみにわたしが六甲教会に行くのは左遷ではないです。普通の人事異動で別に何の意図はない。日本管区は平和なので、そうやって誰かを追いやるとかそういうことはない。当時のアルゼンチン管区が非常にいろいろな問題があって、そうならざるを得なかったということです。
コロナの中、あるいはイエスさまの受難にあずかるということは、それ自体は苦しいことですけれども、それは必ず次のステップに向かう、つまり復活の恵みに至るプロセスだということですね。この2年間のコロナの中で、病気や大いに苦しんでいる方もおられるでしょうし、孤立とか孤独とか、いわれなき形で職場から追いやられたりということを経験される方もおられる。あるいは仕事をなくしたりとか、コロナの中でさまざまな困難を感じた方は多いでしょう。でも、それはイエスさまと同じ体験をして、それを糧にして次のステップに向かっていく。自分自身がさらに成長した次のステップに歩んでいくための期間であると思わざるを得ないでしょう。
今日はイエスさまの受難をお祝いしていますけれども、わたしたちが本当にイエスさまの受難と心を1つに出来るかどうか。それは全く簡単なことではないですけれども、でもそれを超えて、わたしたちはさらなる成長をして、恵みの世界に向かっていくことができるのではないかと思いますね。コロナがいつ終わるのかもちろんわからないですし、今の戦争がまた広がってくるかもしれない。苦しいことが絶えないかもしれないですが、わたしたちはイエスさまの苦しみと心を合わせることによって、復活したイエスさまの恵みも味わっていける。やはり前を向いていきたいと思います。そして今ある現実をしっかり受け止めながら未来に希望を持って歩んでいけるように。パパさまのあまりにドラマティックな人生、わたしたちはそこまでドラマティックではないですけれど、わたしたちはいつも苦しみを受け止め、それを乗り越えながら新しい人生、新しい世界へ向かって歩んでいけるように、共に祈りをささげたいと思います。
四旬節第5主日
ヘネロソ・フローレス 神父
今日の福音書の場面は非常に素晴らしいですよ。これは想像で見て。イエスの姿、そして女の姿。ファリサイ人のことも見て。
どうしてもイエスさまを訴える口実が欲しいから、「モーセはこう言っている。このような女は打ち殺せと。」これは律法ですね。しかし問題は、植民地でしたから、イスラエルの人たちには死刑にする権利がなかった。だからイエスさまが、殺すなと言えばモーセに反対する。もし、殺せと言ったら政治的に権利がないから訴えるでしょう。イエスは非常に素晴らしいですよね。何か地面に書いていた。でも、あの人たちはしつこく、何をどう考えますかと。イエスさまの言葉は「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」そして年長者から始まって、一人また一人と立ち去ってしまい、そして残るのはイエスとその女。「婦人よ、あの人たちはどこにいるか、誰も罪に定めなかったのか。」そしてこの女は「主よ、だれも。」
そしてイエスの言葉、これは心の中でこの言葉を皆さん思い巡らして味わっていただきたいと思います。
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」
イエスが来られたのは、裁くためとか罪に定めるためではないんです。救うためです。罪は罪です。けれど罪びとは「人」ということ。わたしたちは裁く権利がないんです。そして神はイエスを遣わした。これは何のためですか。罪に定めるためではなくて救うためです。
わたしたちは告解するときにこれを思い出さなければならないです。ここでわたしは裁かれる。裁かれることはないです。ここでゆるされる。それだけでなく力もいただく。心はいやされる。告解のときに、司祭は誰であっても、イエス・キリストですよ。だから、父と子と聖霊のみ名によってあなたの罪をゆるします。ご安心ください。けど頑張ってください。わたしたちはこの福音を読んで、考えて、思い巡らして感謝しましょう。
教会は今日、ちょうど集会祈願でそれを願っています。
「愛の源である神よ、あなたは罪びとをゆるし、倒れた者を立ち上がらせて、新たに生きる力を与えてくださいます。」その神にわたしたちは出会う。「はかりしれないゆるしの恵みを注がれたわたしたちが、心を合わせて神に感謝をささげることができますように。」
今日はこのミサでこれを願いましょう。そのゆるし、そして同時にイエスさまがここで教えてくださるのは、わたしたちは罪に定める権利がない。そして神は罪に定める方ではなく、ゆるしてくださる。いやしてくださる。力づけてくださる方である。このキリストをわたしたちはより深く知り、より熱く愛し、より近くから従う恵みを願いましょう。