2024年4月 ミサ説教
4/7(日)10:00- 復活節第2主日(初聖体) 柴田 潔 神父
4/14(日)10:00- 復活節第3主日 関根 悦雄 神父
4/21(日)10:00- 復活節第4主日(改宗式・創立75周年) 髙祖 敏明 神父
4/28(日)10:00- 復活節第5主日 サトルニノ・オチョア 神父
復活節第5主日
サトルニノ・オチョア 神父
4/28(日)10:00- 復活節第5主日
ただいま耳にした福音の言葉はヨハネの福音です。ヨハネの福音には1つの特徴があって、たとえ話らしいものではないんですけれども、3つの非常に強いイメージがあります。文法も強い。
1つは「私は命のパンである」。私は命のパン。私はパンのようにあなた方を養っている、じゃなくて、「私はパン」です。もう1つは「私はぶどうの木」です。本当のぶどうの木。それからもう1つ、一番最後に「私は道であり、真理であり、命である」。なお、今日は「ぶどうの木」ということです。イエス様は私たちに「私は本当のぶどうの木です。それであなた方は枝である」とおっしゃいます。子どもの時からこれを聞いたんですけれども、私は本当にひらめきみたいなようなことが、今日の福音の言葉で2つの出来事があります。1つは大学1年生の時、イエズス会に入った時なんです。修練期はマドリッドからあまり離れていない、鎌倉くらいのところで、そこには大きなぶどう畑があったんです。ご存じのようにぶどう畑はですね、本当に茂ると実を結ぶ。それから秋になると、本当にいいぶどうを収穫して、それからぶどう酒を作る。それで後で11月になると、日本のボジョレーヌーボーみたいなことで、新しいぶどう酒ですね。そのようなイメージがありますが、そのボジョレーヌーボーの後で全部葉が枯れて、枝も枯れると、あっという間に本当に何にもない寂しいぶどうの木です。その時、手入れが来て、ザッザッザッと大きなハサミで切って、非常に寂しいものになります。けれどもこれは、後でまた春になるともう一度茂るようになります。
2番目のことは、日本だったんです。福岡で、そこではぶどうの木じゃないんですが、本当に冬になるとすぐ庭の手入れが必要でした。私たちの学校の庭の植木屋さんですか、信者さんでとってもいい人で、いつも何年も何年も同じ人が来て、同じ人は木を全部知っています。それで本当に植木屋、あるいは園丁、庭師という言葉を使いますが、とにかくその人はこの庭の木を全部知っています。愛しています。自分の子どものようです。そこで大きなハサミを持って、あるいはノコギリ、あるいは電動のノコギリを持って行くんです。偶然その時姉が来ていたんですが、私と話していて、散歩しながらあれを見ていたんです。それで植木屋さんは「先生」と声をかけて、切っていく。姉は1つの言葉だけ言ったんです。「痛い」。これを見て「痛い」と。けれどもその痛さによって、後でそのような木は茂るようになって、素晴らしくなるということです。今日の言葉です。私たちの信仰生活は同じことです。庭のようであり、枝が出てきて素晴らしいことが出てきます。けれども、時には枯れてしまうこともあります。実を結ばないこともあります。その時は、手入れが私たちの心に入った方がいいんじゃないでしょうか。それで、そこにも厳しくて、ザッザッザッと切って、それによって私たちの心、私たちの信仰はまた茂るように、豊かに実を結ぶようになってきます。
今日の福音では多分、私にとって一番深い言葉はこれです。2回ほどイエス様は「あなた方は私につながっていれば」とおっしゃいます。それはわかる。けれども後で「私もあなた方につながっていれば」。一方的なことではないんです。私たちは本当にイエスと洗礼によって結ばれる。ただ、私たちはつながっているだけじゃなくて、イエス・キリストは私たちの命につながっているのです。私たちは信仰によってイエス・キリストと、神様と結ばれているんです。別々ではなく、一緒になっている。これは、私たちがミサでご聖体をいただく時に、あるいは赦しの秘跡を受ける時に、あるいは洗礼の時に、いつも同じことです。一緒になる。結ばれる。第一の朗読ではサウロ(パウロ)の言葉ですね。パウロの手紙ではこのような非常に強い言葉もあります。「私は生きている。いや、取り消します。キリストは私によって生きている」。そこまでですね、イエス・キリストと結ばれているんだったら、イエス・キリストの命、イエス・キリストの力です。イエス・キリストと共に、私たちは父である神様に向かって祈り、礼拝し、感謝します。
10時ミサの後、歓送迎会が行われました
復活節第4主日(改宗式・創立75周年)
髙祖 敏明 神父
4/21(日)10:00- 復活節第4主日(改宗式・創立75周年)
「今日こそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに」。今日の答唱句でもありましたし、復活節で繰り返して唱えられる答唱句ですけれども、今日は特別に私たちの心と思いに重なります。まず、今日このミサの中で改宗式を迎えられ、改宗される皆様、おめでとうございます。そしてこれまでご指導をして下さった神父様方、シスター方、あるいは仲間の皆さん、今日代父、代母をお務めになる皆様、おめでとうございます。今日のアレルヤ唱にありました「わたしはよい牧者。わたしは羊を知り、羊はわたしを知っている」というこのみ言葉が心に響いているかもしれませんし、福音の中の「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊もわたしの声を聞き分け、こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」というこのみ言葉が心に響いているかもしれません。また、皆様を受け入れる私たちこのイグナチオの共同体にとりましても大きな喜びであります。主における兄弟姉妹として交わりをこれから深め、ご一緒に祈り合たいと思います。
さらに、ミサの初めにご紹介がございましたように、本日は私たちの聖イグナチオ教会誕生から75年で、その祈願文を唱えております。1949年の4月17日、その年の復活の大祝日だったそうですけれども、この日に土井辰雄大司教の司式で献堂の荘厳ミサが捧げられています。教会として聖別する式が行われたわけです。今年は私たちのこの現在の聖堂が献堂され、聖別されましてから25周年。6月6日がその献堂の記念日でありますので、それに一番近い6月9日の日曜日にこの25年のお祝いを皆様と一緒に捧げることにしていますが、今日は75周年の方の話を少しさせていただこうと思います。75年と言いましても、実はこの教会には前身があります。聖テレジア教会という教会が、ちょうどここから見ますと雙葉学園と主婦会館がありますけど、その間の道をずっとまっすぐ行きますと番町小学校があります。番町小学校の少し手前のところにカルメル会の修道会がございまして、カルメル会の修道院が練馬の方に移ったその跡地を使って、聖テレジア教会が設立されました。ですから、テレジアというのはカルメル会の「幼きイエスのテレジア」の名前もあってると思いますけれども、その献堂から数えますと88年になります。でも、こういう歴史を見てみますと疑問が浮かんできます。聖テレジア教会がなぜ聖イグナチオ教会になったの?なぜ外堀のこういう一等地に教会を造ることができたんですか?3つ目に、敗戦後間もない物資のない時期に、どうやってあれほど大きなイグナチオ教会を造ることができたんですか?と。あの古い教会については、「巨きな木の船」というふうに言われています。平屋造りで3階建ての高さまであって、木造のモルタルですね。今日少しその辺のことについて歴史を散策しながら、今日の入祭唱にありました「地に満ちている神のいつくしみ」を、その歴史の中から見出して、皆様と一緒に神様の恵みに感謝を捧げたいと思います。
先ほど申し上げました通り、聖テレジア教会はカルメル会の修道院の跡地です。しかし1945年、戦争が終わる年ですが、その5月25日にこの辺一帯が空襲で焼かれました。3月10日は下町が中心でしたけれども、こちらは5月に空襲で焼けました。教会でミサができなくなったものですから、上智大学の中のクルトゥルハイムの聖堂を使ってミサを捧げておりました。そして、ヘルマン・ホイヴェルス神父様、上智大学の2代目の学長でいらしたんですが、外国人が日本の大学の学長をやっているとはけしからん、という国の方針があって、学長を日本人に変えられました。それを受けてだと思いますが、ヘルマン・ホイヴェルス神父様が主任の代理をお務めでありました。そういう関係もあって、イエズス会のこちらの方にミサを捧げるようになったと思います。戦争が終わって、上智大学も少しずつ復興していきます。1号館に講堂という200人ぐらい入るところがありますけれども、そこが修復されましたので、47年の7月夏頃から、日曜の9時のミサは1号館の講堂で捧げられるということになりました。ちょうどその前後しまして、イエズス会、上智大学は、先ほどの5月25日の空襲で教会だけではなくて、今私たちがいるこの一帯にあった住居もみんな全焼してしまって、ここはもう荒れ地になってしまったんですね。そこをいろんなその地主とも交渉して取得することができました。7300坪があったそうです。そして、ちょうど今正門があるあたりに白玉稲荷という稲荷神社もあったそうです。これは昔の記録によると井伊家になってるんですが、その守り神だったと言うんですけれども、やっぱり空襲で焼けてしまった。そしてそこと交渉をしていったら、そこの管理士さんが非常によくできた方で「日本の神様に代わって西洋の神様がお住みになるから」ということで、この土地を譲って、ご自分は麹町の4丁目の方に移られたという記録が残っております。
日本の教会、特に東京は、神田の教会が残りましたけれど空襲でほとんどの教会が焼けています。ちょうどその頃、ローマのバチカンから復興資金が届いて、そのうちの一部をこの麹町教会の復興のために使うという予定でいたんですが、その当時の駐日バチカン大使パウロ・マレラ大司教が土井大司教に、「ローマからいただいた資金は教区のあちこちの諸教会の再建に使い、麹町教会の再建はイエズス会に委ねたら」というふうに進言したそうです。これを受けて土井辰雄大司教様が「麹町聖堂の再建と、所属信徒約1200人をイエズス会に委ねたい」と提案をされる。そして47年の8月26日という記録を持っていますが、その当時のイエズス会の院長であったブルーノ・ビッテル神父さんがこの提案を受け入れ、新しい時代にふさわしい教会を必ず造りますと申し上げて、そしてこの日に土井大司教はホイヴェルス神父さんを麹町教会の主任代理から主任司祭へと任命をいたしました。そこから工事が始まります。47年12月2日、フランシコ・ザビエルの祝日の前の日に教会の建設工事が着工します。そしてこの時には、教会の名前は「聖イグナチオ教会」とすると決まっています。ですから、場所も名前もそこで変わるということが決まったわけです。設計監督はイグナチオ・グロッパー修道士、施工は清水建設。今私たちがいるこの近辺には戦災のために住居をなくしていた人のための仮の住まいと、それから戦時菜園。戦争中から食べ物に困ってましたので、今皆さんが座っているこの辺りには麦畑だったそうですよ。ですから当時の記録を見ますと、麦畑の向こうに教会がだんだん造られているという、そんなふうな写真が残っています。工事中の48年5月12日、教皇庁から手紙が届きます。その手紙に、今建設中の新しい教会に特典を与えます。どういう特典かというと、麹町教会はパレキア・レリギオザ・ペルマネンツ、つまり無期限で修道会、イエズス会に委託された小教区の教会です、ということをローマの方からその特典を与えて、それが承認された。それでずっと、ここの教会が小教区でありながらイエズス会の教会としてずっと続いてきているという、その根拠になっています。そして48年の8月8日、ドミニコの祝日ですが、この日に上棟式(定礎式)が行われ、先ほど申しましたように1949年、フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えたのが1549年。そのちょうど400年を記念しているその年の4月17日、ご復活の日に復活、というこのイメージも重ね合わせたんでしょう。麹町教会、聖イグナチオ教会が誕生いたしました。それから数えてちょうど75周年を今回迎えているということであります。
しかし、戦争が終わったと言っても、4年5年で再建する建設資材なんてどうやって手に入れたんですか。清水建設の関係者も苦労話を書いてますけれども、木材の、この梁で使う大きなものはカナダから取り寄せたという記録が残っています。そして皆さんのご記憶ある方もいらっしゃるでしょう。主祭壇、脇祭壇は白い大理石でとっても見事なものでしたけれども、これはニューヨークのブルックリンの信徒たちが寄贈してくれたものです。そして聖堂の祭壇の上にあたるこの7つのステンドグラスがありましたが、その7つのステンドグラスは、ちょうどこちらのクリプタに降りるところの階段に飾ってありますし、クリプタの祭壇の背後に人物が並んでますが、そのステンドグラス。それからマリア聖堂の、イグナチオの顔があるステンドグラス。これは皆、ベルギーから贈られたものであります。そして、少し時間が経ちますけれども、56年、献堂して6年経ってからですかね。7月22日の9時のミサの後に鐘の祝別をしています。今鳴っているあの鐘ですね。ご存知の方も多いと思いますが、この鐘はホイヴェルス神父様のお兄様がドイツのボフメル・フェライン社という会社の社長でいらして、この会社は戦時中、戦車のためとか武器だとかそういうのをどんどん作るような会社だったんですね。戦争が終わったらそういうものを全部集めて、鉄を戦争のためじゃなくて平和のために使いたい、鐘を作って、自分の弟が働いているこのイグナチオ教会に平和の鐘としてプレゼントしたいということで贈られてきたものです。
3つの鐘があります。大、中、小。一番大きなものには「聖イグナチオ」という名前が付けられています。中サイズのものは「上智の座」という名前が付けられています。一番小さいものに「聖テレジア」の銘が書かれています。「上智の座」は言うまでもなく、上智大学の上智はこの「上智の座」から取ったと言われています。聖母マリアの連祷の中に「上智の座」という言葉が出てきます。上智は叡智、優れた叡智、つまりイエス様ですね。イエス様が座っている座がマリア様。マリア様の膝にイエス様が座っているというのがこの「上智の座」という、この意味ですね。ですから、聖イグナチオ、聖母マリア、聖テレジアの銘を刻まれた鐘が現在もあそこで鳴って、それが鳴っている時には話ができないというぐらい鳴り響いています。着工に先立つ47年9月、オランダ、フランス、イタリア、ベルギー、スペイン、イギリスの連合国軍最高司令官外交使節団代表でカトリックの信徒であった方々が、早い時期に教会を再建してほしいという願いをビッテル神父に出しています。どうしてかというと、講堂を使っていても1日に7回もミサをしなければ信徒の皆さんが回転できないんだ、ということを言っているそうです。ちなみに今この教会も、日曜日7回ミサをやってるんですよ。
しかし、こういうのを見ますと、私たちの教会は当初から多国籍であったということ、そしてカトリックの世界にいるいろんな方々がこの教会を支えてくださり、一緒にこの自分たちの善意と支援の心を届けてくださる。そのおかげで私たちはこうして75周年、25周年のお祝いをすることができるということです。私たちの教会の歩みをこうして振り返ってみても、そこに神様の慈しみ、計らいを感じ取ることができます。その神様の慈しみ、計らいをご一緒にほめたたえながら、今日の答唱句「今日こそ神が造られた日、喜び歌え、この日をともに」、これを一緒に歌いたいですし、心の中でよく味わいたいと思います。
復活節第3主日
関根 悦雄 神父
4/21(日)10:00- 復活節第3主日
今日のルカの福音は、エマオに向かう弟子たちにイエスが現れた、その後に続くものです。そしてその弟子たちは、パンを裂いた時にイエスだと分かった。しかし、その時にはもうイエスは姿を消していた。それで、このことは黙っていることができない。自分の体験は仲間と分かち合わなければならない。このように感じたんでしょう。それですぐに、もう夕方だったのにエルサレムに戻って、「道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した」とあります。
私たちは復活の体験、復活だけではなくて、神との体験を誰かに話していますか。この2人の弟子は、イエスと出会った体験を仲間と分かち合いたい、そう思ってエルサレムに戻ったんです。そして、そのような体験をしていると、もう1度イエスに会うことになったわけです。イエスはこのように言ったとも言われています。「2人または3人がわたしの名によって集まっているところに、わたしも共にいる」。これでしょう。私たちが1人でいる時、イエスはもちろん私たちを支え、私たちを生かしてくれています。しかし、このイエスの名によって集まっているというのは、別にこれは洗礼を受けている人とか信者に限る必要ないですよ。私たちは本当の喜びを体験したら、それを人に伝えたいでしょう。それを伝えることによってまた喜びが大きくなる。これです。それに、喜びを大きくしてくれるのは神の力だと思います。これが1つ。
それから先週の福音の中で、イエスが姿を現した時に「あなた方に平和があるように」と言われた。これは神からの挨拶です。「あなた方に平和があるように」。私たちはこのミサの中でも主の言葉を思い出しますね。主イエスは仰せになりました。その時にお互いに平和の挨拶を交わします。これは単なる儀式じゃないです。本当にあなたと私、ここにいる人たちみんなとこの平和を共有するんだ。この「主の平和」と言う時に、「あなた方に平和があるように」というイエスの言葉、これと響き合うんですよ。イエスが共にいてくださるから、何も恐れるものはない。これがキリストの平和でしょう。その平和を私たちは味わっているでしょうか。確かにこの世の中はいろんな出来事があって、特に神のみ旨と違うと思われるようなことがたくさん起こっていて、本当に平和と言えるのかどうか。しかし、少なくとも私たちは真実に神の愛に触れて、愛の交換を通して平和になっていくんだと。それをみんなと分かち合う。これがもう1つ大事なことではないかなと思います。
それからイエスは後半の方で、「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである」と言って、その次が大切ですよ、「聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた」。聖書を悟る、神の言葉を本当に悟るためには、私たちの単なる目を開けて見るんじゃなくて、言葉をただ読むのではなくて、心の目を開く。これが大事だと思います。じゃあ、心の目を開くってどういうことなんでしょうか。本当に開くんです。全て私たちの周りにある出来事、言葉、まずはそれをしっかり聞いてみる。その真意が何であるか、あるいはここに起こっていることはどういうことなのか、真実を悟らせてください。そういう気持ちで見て聞く。これが大切なことではないでしょうか。
特に私たちが生きている現代というのは、いろんな出まかせというかフェイクニュースというか、そういうものもたくさんあるんです。私も騙されますよ。例えば携帯電話にね、知らないところから何で入ってくるのか私にはあまりわからないんですが、でも余計なものが入ってくるんですよ。それに何か答えてしまうと、またもっともっとずるずる悪いことに引き込まれるとか、そういうこともあるようです。現実問題としてそういうものは避けたらいいでしょうね。しかし、本当に私たちが真実を理解するというのは大変なことだと思います。特にイエスの言葉とか信仰に関することとか、そういうことはしっかりと落ち着いて、心の目も開いて真理を悟らせてください。そのようにする、そういう謙虚な態度というか、これが必要だと思います。一人ひとりそれを受け止めたことをまた互いに分かち合う。それによってまた自分の考えもより良くされたり、人からの洞察を得て自分のものとして、より自分を高めていくこともできるようになるのではないかと思います。復活の主と出会って生きるということは、そのようなこともあるのではないでしょうか。
そしてこのイエスについて、最後にこういうことが書いてあります。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』」。この罪の赦しを得させる悔い改め。私たち人間は一人ひとり、罪を犯してしまいます。誰もが罪人です。私は次のように考えるんですね。私たちは生きている限り、自分が生きていると思うでしょ。そして自分が中心になってしまうんです。時に他の人との意見の食い違いがあったり、受け止め方の食い違いがあったりすると、他の人が間違っているとか、そのようにして他者を排除してしまう傾向がある。自分は正しいと思って生きている。でも、自分も間違うことがあるんだ。それを謙虚に認めることも大切なことではないかと思うんです。罪というのは神との断絶であり、そこに命はありません。罪の赦しを得させる悔い改めというのは、人が神に立ち返り、神と1つに結ばれ、神の命を生きること。これが悔い改めだと思います。私たちはもちろん自分の正しいと思うことは主張していいと思いますよ。しかし、いつも謙虚に神のみ旨を本当に理解すること、これがもっともっと大切なんだ。神の呼びかけ、それに従って生きること、これが何よりも大切なことだと。そのことを分かって生きていくことができるように、そういう恵みを今日はご一緒に祈りたいと思います。
日本赤十字社による献血が行われました
台湾地震のための献金は来週も行われます
日曜学校も新年度が始まりました
復活節第2主日(初聖体)
柴田 潔 神父
初聖体を受けるお友達に2つの質問をします。最後のテストです。合格できるといいですね。
1つ目。お父さん、お母さんに言われたから初聖体を受けるお友達いますか?(手を挙げる子がいて)おー、はい、ありがとう。ちょっと波乱が起きましたね。幼児洗礼はご家族が授ける。洗礼を与えたいと思って洗礼を授けました。初聖体は自分が望んだから初聖体を受けるんじゃなかったっけ?そうだよね。そういうのを教えてもらっていると思います。1つ目の質問は大丈夫でしたね。
2つ目。イエス様の体。神父さんはね、こちら(大きいホスチア)。会衆の皆さんはこちら(小さいホスチア)。今日はこちらのパンのほかに、あんパン。隠し味で真ん中に桜がある、とても美味しいあんパン。初聖体、みんなはどっちのパンをいただきますか?はい、じゃあ、こちらのパン(ご聖体)。これね、1つしかないんだけど、こちらのパン(あんパン)がいいっていうお友達は?ちなみに、リーダーたちがお勉強に使ってたテキストにあんパンはありましたか?なかったよね。なかったパンに乗り換えたらちょっと具合が悪いよね。そう。1つしかないパンだけど、みんなはこれね。こちらのパン(ご聖体)を拝領します。イエス様の体は世界中のお友達を1つにまとめるパンです。生まれた国、言葉、文化、お仕事は違うけど、このイエス様の体は1つにまとまります。あんパンは美味しいけど、1つのパンを取り合ってしまったら、イエス様はどうですかね?「僕、これが欲しい!」って取り合うパンと、1つになるパン。どっちがいいですか?こちらだよね。こちらのイエス様の体のパンを皆さんは拝領します。最後の試験に合格できて、もうホッとしてます。リーダーたちもホッとしてます。ご家族もホッとしてます。
じゃあ次に、合格したみんなにね、ご聖体を拝領したらどんなふうになってほしいかの話です。神父さんは金曜日に韓国のおばあちゃま、90歳ちょっとのおばあちゃまのところにご聖体を届けています。ご聖体は教会に来る方だけではなくて、病気の方とか、足腰がね、だんだん弱くなって、ちょっと教会に来れなくなった方も拝領できるようになっています。こちらに聖櫃とありますが、この聖櫃の中にご聖体、イエス様が待っておられます。イエス様はすべての人、洗礼を受けた方のところに運ばれて、拝領してもらいたいと思っているので、そのお手伝いを神父さんもしています。この前、ご復活の後ですね、神父さんたちは難民のお友達を助けるトートバッグをお母様とお手伝いしてお分けしていました。その時にこちらの写真。素敵ですね。写真チームの方が撮られたすごく幻想的なお写真と、その裏にアシジの聖フランシスコのお祈りが書かれたカードを差し上げました。トートバッグを差し上げた時には、おばあちゃん、ちょっと分かっているかなという感じでした。でも、アシジの聖フランシスコのお祈りを始めたら、「平和が大事」って言われたの。神父さんびっくりした。もう意識がないのかなと思ったけど、「平和が大事」ってはっきり言われた。この「平和が大事」っていうのは、おばあちゃまがずっとずっと思ってて、願ってた言葉がふっと出たの。聖体拝領の前にそういう願ってた言葉が出るって素敵だなと思います。平和以外にも、例えば勇気とか、優しさとか、思いやりとか。神様に、私、こういう人になりたいんですっていう思いを短い言葉にして拝領すると、神様はきっと、じゃあ勇気が与えられるように、思いやりができるように、優しくなれるように、そんな気持ちをご聖体を通して与えてくださると思います。
そのおばあちゃまはご聖体を拝領する前に、モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスを聞いています。大人の言葉なのでちょっと難しいですがご紹介します。人生の最後の試練である死に臨み、来世に向かって出発する時に、イエスの体を受けて旅立つこの臨終の聖体拝領を願う祈りが、教会の中で昔から伝えられています。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」という言葉で始まるラテン語の祈りにモーツァルトが音楽をつけました。今日、みんなは初聖体をいただきますが、臨終の時、亡くなる時まで、イエス様はこのご聖体を通してみんなに力を与えてくださいます。だから今日がスタートなんだよね。これからずっと、その90歳のおばあちゃまみたいに、毎回毎回感謝の気持ち、平和を願う気持ちでご聖体を拝領してほしいなと思います。参列されている皆様はもう何十年にもわたってご聖体を拝領されていると思います。子どもたちが拝領する新鮮さと、そしてご聖体に何を願うのか。ご家族の健康、平和、将来の希望、様々な思いがあると思います。それぞれの思いはご聖体を通して1つになります。そんな初聖体のミサにして参りましょう。
初聖体を受けられた皆さん、おめでとうございます!