トップページ おしらせ ミサライブ配信とお説教2024年2月の説教

2024年2月 ミサ説教

2024年1月


四旬節第2主日

グエン・タン・ニャー 神父

2/25(日)10:00- 四旬節第2主日


 先ほど読まれた福音書の背景についてまずお話ししたいと思います。この福音の箇所は、イエスが死と復活を予告する場面の次の箇所です。マルコ福音書8章31節から9章1節に、イエスがご自分のこれからのことを弟子たちに話した内容が書き記されています。 2024年2月25日 四旬節第2主日ミサ イエスの死と復活の話を聞くと、ペトロはすぐ反応しました。彼は弟子たちの代表者として、イエスのこれからの運命を受け入れようとしなかったのです。ペトロと当時のイエスの弟子たちを含めて、彼らはイエスのことをメシアだと信じたので、このような反応をすることは当然のことだと思われます。なぜなら当時のユダヤ人は、自分の国をローマ帝国から解放するメシアを待っていました。つまり、彼らが待っているメシアは政治的な力を持つメシアなので、排斥されて殺されるメシアであるというイエスのことを受け入れることができないのでしょう。イエスはご自分の弟子たちのことを理解して、彼らの信仰を支えるために、ペトロとヤコブとヨハネを山に連れて行きましたが、彼らの目の前で姿が変わりました。この素晴らしさを見て、ペトロは現実を忘れようとイエスに仮小屋を建てようと提案しました。彼は主の栄光の中に留まりたがっていました。それは先にイエスから聞いた運命から離れようとすることを意味すると言っても良いでしょう。


 ところで、イエスがご自分の栄光の姿を彼らに見せた目的は、ただ単に彼らを驚かせるためだけではありません。彼らが雲から聞いた言葉が一番大事なことです。「これはわたしの愛する子。これに聞け」と、マルコはイエスが神の愛する子であることを強調して、イエスに聞くべきだという神のメッセージを教えてくれています。ヨルダン川でイエスが洗礼を受けた時、同じような声がありました。その時の声を聞いたのは、イエスご自身だけです。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声でした。今回の声を聞いたのは弟子たちでした。父である神は、イエスのことをご自分の子として承認したと同時に、イエスに聞く必要性を言い表されました。しかも、これに聞けと命令形で言っています。イエスの言うことを絶対に聞かなければならないという意味です。
 そして、ここでの聞くという言葉には、ただ単にイエスの話を聞くということではなく、イエスに従うべきだ、という意味を読み取ることができます。イエスの生き方と同じように生きなければならないということです。


2024年2月25日 四旬節第2主日 司式のニャー神父

 第一の朗読では、アブラハムは神の御旨に完全に従って生きてきた、そういう生き方を私たちに示してくれました。彼は自分が愛する息子を生贄として神に捧げることを命じられました。アブラハムの愛する息子はイサクであり、アブラハムが100歳の時に生まれました。言うまでもなく、アブラハムはどれほどイサクを愛していたのかは誰でもわかると思います。イサクは彼の後継者であり、家族の希望であるにもかかわらず、アブラハムは神の命令を聞いた時に神の御旨に従うことを選びました。アブラハムの選択は、聖書には簡単なこととして書いてあるように見えるかもしれませんが、とても難しい選択だったと思います。アブラハムは人類の代表者の一人として、神に完全に服従し、すべて神に捧げるという生き方を示してくれました。 私たちはアブラハムと同じように生きるようにと呼びかけられています。イエスの御受難を理解することも、受け入れることもとても難しいです。しかし、神はこのようなイエスの苦しみと死によってのみ人類を救います。そしてイエスの苦しみと死は絶望的なことではありません。希望を与えることなのです。苦しみと死を通して永遠の命に到達するからです。つまり、苦しみや死がなければ復活もないのです。

 どうか、今年の四旬節を過ごしている私たちが、少しずつイエスの御受難を理解して受け入れ、イエスに聞く、イエスに従うことができるように祈りたいと思います。


2024年2月25日 四旬節第2主日ミサの終わりにトアン神父のご紹介がありました

10時ミサの終わりにグエン・ミン・トアン 神父様のご紹介がありました。
これからどうぞよろしくお願いいたします!

四旬節第1主日

髙祖 敏明 神父

2/18(日)10:00- 四旬節第1主日


 まず、今日こうして80名の洗礼志願者の方々をお迎えしてミサをできますこと、この共同体としても大きな喜びです。神様に感謝を捧げたいと思います。そして今日、志願式を迎えられていらっしゃる方、おめでとうございます。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」とイエスは語りかけておられます。この言葉は、本日洗礼志願式を迎えられた80名の方に、ぴったりの言葉のように響きます。同時にここに集まった全ての人にも、さらには日本中、世界中のすべての人に向けられた招きの言葉でもあります。


2024年2月18日 四旬節第1主日 司式の髙祖神父のお説教 聖イグナチオ教会

 とはいえ、洗礼を志願する方々にまず注目いたしますと、ある方は友人に誘われた、ある方は出来事とか経験を通じて、またある本や人との出会いから、入門講座・聖書講座に加わったのがきっかけだったかと思います。そこでは講座の担当者や仲間に助けられながらイエスの言葉と人物に出会い、さらに福音の理解を深めようと入門式に臨まれたかと思います。それ以来、キリストと呼ばれるイエスについての理解をさらに深め、自分の思いと生き方を整えながら、今日の日を迎える準備を重ねてこられたと思います。その意味で確かに皆さんにとって時は満ち、神の国は近づいたと言えるように思います。皆さんのこれまでの努力に敬意を表しますし、皆さんに同伴した担当者や仲間の方々にも感謝を捧げたいと思います。と同時に、イエスの言葉を通して、また同伴者を通して一人ひとりに寄り添って導いておられる神様にも感謝をお捧げしたいと思います。


 志願式は洗礼に向けた大事なステップではありますけれども、やはり1つの通過点です。「悔い改めて福音を信じなさい」との言葉、この招きはさらなる深みへと進むよう私たちを促しています。このイエスの言葉が、深まっていくプロセスを歩み続けるように促していると気づきますと、この促しは、すでに洗礼を受けて信者になった人にも、また、イエスと出会い始めたばかりの人にも向けられている招きだということが理解できると思います。また、このように理解してきますと、悔い改めというのは1回行えばそれで終わりだというのではなくて、繰り返して行う絶えざる回心を伴う歩みだということもわかります。その歩みの中で、たとえつまずくことがあったとしても、くじけることなく希望を新たにして福音を信じる道を歩み続け、一層神の国に近づくことができる。そういう招きがそこに込められています。


2024年2月18日 四旬節第1主日

 では、ここで福音と言われているものの、その中身は何でしょうか。もうこれまでそれぞれの講座で勉強し学んできておられるかと思いますけれども、今日の聖書朗読の中からそれをいくつか探りながらヒントを得たいと思います。私自身は4つのポイントを押さえてみました。まず1つ、「神は言われた。『私があなたたちと契約を立てたならば、二度と水が洪水となって、肉なるもの(滅びゆく弱いものである生き物、人間も含めて)をすべて滅ぼすことは決してない』」。ですから、神様は私たちを滅ぼすということはお考えになってない。それを2つ目のポイントですが、ペトロ書は受けて「ノアの時代に箱舟に乗り込んだ8人だけが水の中を通って救われました」。ですから、水は洪水になって生き物を滅ぼす道具から、生き物を活かし、人間を救う道具となった。聖書の中で「この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなた方をも救うのです」。神様が守ってくださるということに加えて、洗礼によって私たちを神にもっと近いところに招き入れてくださるということ。ここで復活というふうに言っているわけですから、その前に死んだということがあるんでしょう。


 それで3つ目ですけれども、同じペトロの今日の手紙の中に、「愛する皆さん、キリストは罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者のために苦しまれた。あなた方を神へと導くためです。キリストは肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされた」。つまり死んだんですけれども、復活させられた。そしてご存じのように、イエス・キリストのこの死と復活に与ることが洗礼ですし、今日祝うミサでもあります。この洗礼を通して私たちは聖霊を注がれ、命の源である神との交わりに加えられて、神の命、永遠の命を生きる者、その意味で新しい人に生まれ変わることになります。洗礼を志願するとは、この新しい誕生を願い志すことでもあります。


2024年2月18日 四旬節第1主日

 4つ目に、水と聖霊による洗礼による救いが実現したのは、先ほどの朗読がありましたように、正しい方キリストが正しくない者、私たち人類全体のために苦しまれ、死に渡されたからなんだ。これも福音の中の重要なポイントになっています。ご自分の苦しみと死を通して、復活の命に生きる道を開いてくださり、これを福音として示してくださるイエス・キリストに、改めて私たちは感謝を捧げたいと思います。そして、悔い改めも福音を信じることも、神からのイニシアティブと、神からの恵みがあって初めてできることでありますので、「悔い改めて福音を信じなさい」というイエスの招き、促しに、より良く応えていく決意を新たにしながら、聖書にある通り、神に正しい良心を願い求めたいと思います。


 では、これから洗礼志願の皆さんを教会共同体として受け入れる志願式に移ります。今日のこの前列に座っていらっしゃる方々がよく準備をして、主キリストのご復活を祝う日に洗礼の恵みに満たされますように、心合わせてお祈りしながらご一緒に式を始めたいと思います。


年間第6主日

柴田 潔 神父

2/11(日)10:00- 年間第6主日


 今日は「世界病者の日」です。昨年12月19日に入院され、ゆるしの秘跡を担当されていた桜井神父様のお見舞いに、平日週4回伺っています。歩行訓練、飲み込むリハビリを熱心にされています。桜井神父様は「杖を使って歩くのはだいぶ先になりそう」と言われていますが、回復を願いながらお見舞いに通っています。


2024年2月11日 年間第6主日・世界病者の日 司式の柴田神父のお説教 聖イグナチオ教会

 福音の中で「重い皮膚病」と訳されている言葉は、少し前までらい病、今で言うハンセン病の人たちを指していると言われています。この病気にかかった方たちは、家族からの面会も許されなくなり、社会からも切り離されてしまっています。イエス様の時代も、ほんの少し前までの日本の状態も同じでした。今日は、元ハンセン病患者の詩人桜井哲夫さん、本名は長峰利造さんの87年の人生を、少し長くなりますがご紹介いたします。桜井さんは2007年に私が中間期をしていた六甲学院の中高生に講話もしてくださいました。これからご紹介する本は「『しがまっこ 溶けた』 詩人 桜井哲夫との歳月」。通訳をしておられた金正美(キム チョンミ)さんの著作の中からの内容です。


 桜井さんは17歳まで、裕福なりんご農園で育ち、豊かで幸福に恵まれた少年時代を過ごされていました。毎日が楽しくて、欲しいものは自分の思い通り手に入る。明日も明後日もずっとそんな日が続くと信じて疑いませんでした。そして当たり前のようにやってきたある日、片腕が曲がらないことに気づき、それが「不治の病」らい病、ハンセン病と宣告され、17歳で一人故郷の津軽を離れ、群馬県草津にある国立療養所栗生楽泉園(くりうらくせんえん)に入ることになります。
 ご家族との別れの詩です。

しがまっこ(津軽弁で氷)溶けぬ

津軽の文教場(小規模の学校のような施設)の傍らを流れる小川に、厚い、厚い、しがまっこが張った。文教場の子供たちは、しがまっこの上に乗って遊んだ。雪の降る朝、お袋が言った。「来年の春、しがまっこが溶ける頃には、病気がよくなって帰ってこれるから」と。

 療養所の寮舎の軒に、冬になると長い、長い、しがまっこが下がった。しがまっこは、春になると音もなく溶けた。しがまっこが溶けても帰れなかった。お袋が50年前の雪の日に言った言葉が胸奥で疼く。しがまっこは、まだ溶けない。


拭く

 1941年10月6日、旅立ちの朝。住み慣れた曲屋の門口まで送りに出た父が突然、「利造、勘弁してくれ。家のために辛抱してけろ」と言って固く俺の手を握った。見上げた父の顔にひとすじ、ふたすじの涙が走った。後ろを振り向くと、おふくろはうつむいて、涙で曇ったのか、しきりと眼鏡を拭いていた。

 列車は駅を離れた。おふくろの姿はたちまちホームの人混みの中に消えた。列車の窓を2度3度と拭いた。見えるはずの岩木山や赤く色づいたりんごは見えなかった。

 故郷を離れて60年。今は亡き両親の涙を、俺は指のない手で静かに拭いている。列車の窓から見えなかった、岩木山もりんご園の赤いりんごも、今日は盲目の俺の目によく見えたよと、もう一度両親の涙を拭いた。

 療養所に入った頃の哲ちゃん、桜井さんは毎日空を見上げては、ちぎれ雲の行方を見つめていたと言います。50数年にわたる、療養所での辛い生活は想像を絶するものでした。
 30歳の時、哲ちゃんは、聖書やキリスト教に関する書物を読み始めました。その中で、国際らい学会事務局長のスタンレー・ブラウン博士が書いた「聖書の中の『らい』」という本に出会い、人生の大きな転換を迎えます。こう書かれていました。「私自身はらいではないので、限界があります。いつの日か、ハンセン病患者ご自身が、その身をもって聖書の中のらいを証してくれることを願います」。哲ちゃんはそれを読んで、「それならば自分がその証をしよう」と決心し、栗生楽泉園の中にあるカトリック教会で洗礼を受けます。


 哲ちゃんは語っています。「一番大きな出会いは、神との出会いだったね。あの時、何もかもなくして、全然生きる希望を持てなかった。この世に神様なんているもんか。もし神様が本当にいるとしたら、なんで俺ばっかりこんな苦しめるんだって。毎日そればかり考えてたのね。来る日も来る日も考えていたら、ふと、俺、こんな状況に置かれていなかったら、きっと神様のことなんてこれっぽっちも考えられなかったろうな。もしかしたら神様が、俺をこの病気にすることによって、その存在を知らしめようとしたんじゃないのかなあって思えてきたの」。


 寮に入ってから50年後、念願のお墓参りが叶います。哲ちゃんの両親のお墓は、りんご園の中にありました。ご両親が葬られているお墓の前に立つと、哲ちゃんはしばらくの間、ただ黙っていましたが、そのうちに静かに手を合わせました。哲ちゃんは、今、どんな気持ちでここに立っているんだろう。ご両親に何を報告しているんだろう。手を合わせる哲ちゃんを見ていると、いつしか私の目にも涙があふれてきました。哲ちゃんは指のない手で、古い墓石をさすり、私に言いました。「このお墓はね、両親が俺のために買ってくれたお墓なの。17歳で療養所に入る時、何もしてあげられないから、せめて立派なお墓でもといって、これを買ってくれたらしいんだよね。両親も、俺がこんなに長生きするとは思ってなかったんだろうなあ」。


2024年2月11日 年間第6主日・世界病者の日 柴田神父の派遣の祝福 聖イグナチオ教会

 77歳の時、60年ぶりに実家に戻りました。「お父、お母、兄、キサ、いま利造が帰ってきたよ。60年前に旅立って、ようやくあなたたちの前に座らせていただきます。長い間、失礼しちゃって堪忍してください。皆さんのおかげで、今日、ここにお参りさせていただきました。本当に堪忍してちょうだいね、一度もお参りできなかったんだけど。きねや誠や衛がこうしてお参りさせてくれました。ありがとうございます」。


 後日、金正美さんは哲ちゃんに、「あの時なんで堪忍してちょうだいねって言ったの?」と聞きました。哲ちゃんは「確かに、堪忍してっていうのは、本来なら両親が言う言葉なんだろうね。でもね、両親の葬式に出られなかったことは事実だし、理由は何であれ、墓参りできなかったことも事実だから、やっぱり堪忍して、なの。本当、俺が言うのも変だね。でも自然と出てきちゃったから」。

 金正美さんは哲ちゃんに聞きます。「ねえ、哲ちゃん、いつか言っていた“らいになってよかった”って、やっぱり今でもそう思う?」。哲ちゃんの顔は、ぱあっと花が咲いたように明るくなり、「よかった~。こんな素敵な出会いがいっぱいあるんだもの~。苦しかったけど、らいじゃなかったら、やっぱり出会えなかったでしょう。今までのらいの人生を、言葉になんかできないの。でも、一言でまとめてみなさいって言われたら、やっぱり“よかった”って言葉しか見つからないの」。ふふふと笑いながら、哲ちゃんはこう言ってくれました。


 イエス様は、哲ちゃんをはじめとするハンセン病の人の苦しみに深く同情して、憐れみの心をもって触れて癒されました。哲ちゃんも、神様に出会って人生が変わりました。六甲学院の生徒さんには「信仰と出会わなければ、世の中を恨んで絶望して自殺していたでしょう」と漏らしていました。お顔は病気で崩れていましたが、明るい表情で学生さんたちに、生きる素晴らしさと、勉強の大切さを教えてくれました。

 病気、差別に苦しむ方々にイエス様のわざが働きます。私たちも、イエス様のように、苦しむ方に寄り添って参りましょう。

2024年2月 残雪が残る花壇と花 聖イグナチオ教会

年間第5主日

李 聖一 神父

2/4(日)10:00- 年間第5主日


 今日は皆さんご存じのように、立春という24に分かれた季節の別れ目の最初で、これが季節というところから見た1年の始まりと言われています。それゆえに昨日2月3日は節分と言われているわけですが、最近はこの節分の恵方巻っていうのを流行らせるために巻き寿司を持って、いわゆる恵みの方に向かって食べると良いことがあるということで、今年は東北東だったと思いますけど、コンビニに行ったらそう書いてありました。私はSJハウスに住んでますが、昨日ちゃんとお昼に恵方巻が出て、もちろん炒った豆も出て、年の数だけもう食べられないので50年か60年前くらいの数だけ食べましたけれども、私もそうですが、神父さんたちは誰も東北東に向かって食べる人はいなくて、黙々と食べておりました。


 そうして季節の別れ目というところで今年は今日が最初の日だと言われますが、2024年の年明けというのは、私たちもよくよく覚えていることですが、ひと月前に大きな出来事が2つありました。それから1ヶ月がちょっと過ぎましたけれども、特に能登半島地震で被災された方々、亡くなられた方々、こうした人々のことを思い起こして祈り、そしてまた復興、生活の再建を目指す人々を何らかの形で支援したいという思いは誰もが持っていると思います。


2024年2月4日 年間第5主日 司式の李神父のお説教 聖イグナチオ教会

 1995年に阪神淡路の大震災があって、その時私は神戸にいましたけれども、全国からボランティアが集まってきてくれて、いろいろと助けていただいた経験があります。ボランティア元年という言葉も使われました。日本人の多くが、あるいはまた海外からもボランティアとして神戸の街を訪れてくれる、そうした姿に出会いました。東北で起こった東日本の大震災の時にもたくさんのボランティアが駆けつけていきましたけれども、今日までそれは続いています。私は広島の学校で働いていましたが、今でもその学校の生徒たちは、夏休みになると南三陸とその行った場所に行ってボランティアを続けています。おそらくこの能登半島の地震もこれから多くのボランティアの方々が駆けつけるし、この中にもそういった方がいらっしゃるかもしれません。


 その東日本の大震災の時に、ボランティアの在り方についてこんなことが言われていました。ボランティアにもレベルがある。最初は生存のレベルというレベルで、ここで一般の人々がボランティアとして駆けつけることはできない。なぜならば命、まだ生きているかもしれないその命を探し出す、あるいは倒壊した建物の中からそうした人々を見つけ出す。そのような生存のレベルでのボランティアというのは、やはりこれは自衛隊であるとか消防隊、医療従事者とか、そうした方々が駆けつけてそのために働くということが必要である。なかなか一般の人々がそこに行っても何もすることはできない。ところが1ヶ月2ヶ月経つと、生活のレベルというものが始まっていく。その時に多くの一般の人々のボランティアが必要になるのだということが言われていました。私も確かにそうだなと思いました。いろいろ芸能人であるとか、そういった人々が炊き出しをする、あるいは何か歌を歌って聞かせる。そうしたことは生活のレベルでこれからの再建、復興というものを何か手助け、力づけるために行われるわけですが、生活のレベルでのボランティアというもの、そこに我々の多くは、もし志があるならば出向いていくということになるんだろうと思います。


 カトリック教会も、名古屋教区を中心としてそうしたボランティアを集め、そしてまたその被災地に出向いていくということもこれから盛んになっていくだろうと思います。そのような生存のレベル、生活のレベルというところでのボランティアの働きがそれぞれにあるということなんですけど、実は私はもう1つのレベルがあると思っているんです。そのもう1つのレベルっていうのは、実存のレベルというふうに言ってもいいかもしれません。つまり、被災した人々が本当に予期せぬ出来事に出会い、家族を亡くし、親しい人を亡くし、家が潰れ、仕事も失くしというような人々が、生存、生活というそのレベルを経た後に実存のレベルというものがある。つまり、一体この出来事は何であり、それは私の生き方にどのような意味を与え、自分はこれからどう生きていくのか。そういったことを考え、答えを見出そうとする時に起こってくるレベルだと私は思います。


2024年2月4日 年間第5主日ミサ 聖イグナチオ教会

 そして東北の被災者の方々に今必要とされているこのボランティアは、これもよく耳にするようになりましたが、傾聴という言葉が出てきました。その被災者たちの声に耳を傾けるボランティアがもうすでに始まっているし、今なお続けられている。先ほど私は広島の高校生が東北にボランティアに行くという話をしましたけれども、その高校生の多くは、その被災者の語ることに耳を傾ける、そのために出かけています。そして起こった出来事、そしてその意味、思い、こうしたものを語って聴いてもらうことが必要になる。そのようなことを通して自分自身の身に起こったことの意味、あるいはこれからの自分の生き方とか、そうしたものをいろいろと考え、答えを見出そうとする。そういうことなんだろうと思います。


 そうした視点から今日のヨブ記に少し注目したいんですね。ヨブ記は結構長い物語なんですけれども、突然すべての財産と家族を失ったヨブが、どのようにしてその出来事を受け入れていくかというプロセスがこのヨブ記全体にわたって描かれているんです。1970年代に、自分の死をどう受け入れるかという調査研究があって、ご存じの方いらっしゃるかもしれませんが、そこからいわゆる今の終活とかターミナルケアというものがだんだんと盛んになってきたわけです。キューブラー・ロスっていう方が、死をどのように受け入れていくかというそのプロセスを研究した本があります。それは今日ではもう古典的なものですけれども、しかし、ただ死を受け入れるというそのプロセスだけではなくて、私の身に起こった受け入れがたい出来事をどのように受容していくか、というそのものにも応用できるものだと言われています。


 そのキューブラー・ロスっていう方が言った死を受容するプロセスというものは、ヨブ記にもそのまま当てはまると考えられます。一瞬にして全てを失ったヨブと神様との対話がずっと続いていくわけですけれども、そのとんでもない出来事、受け入れがたい出来事が起こった時の受け入れていくプロセスというのは5つあると言われています。最初はそんな出来事はなかった、あるいはあってはならないという拒否、否定という段階があります。しかし否定しようもないその出来事を目の当たりにした時に、怒りがこみ上げてくると言われます。どうしてそんなことが起こったのかという怒り、そしてこの向けようのない怒りというものを発していきながら、次第にどうしようもない現実をなんとか受け入れていくために、いろいろと理由を探すというプロセスに行くと言われています。これは取引っていう言い方をされていますけれども、この出来事が起こったのはこうこうこういうためだったに違いないと、自分を納得させるためのプロセスがある。しかし、どのような理由を見つけ出そうとしても結局納得がいかないで、その人は非常に落ち込んでいく。何も考えられない。そういう憂鬱な時期を迎え、そして最終的にそれを受け入れざるを得なくなっていく。このようなプロセスなんだそうです。全ての人が自分自身の、このあってはならない出来事、予期せぬ出来事をそういうプロセスで引き受けていくというわけでもなく、怒りの段階で、拒否の段階で、あるいは取引の段階で終わってしまうということも報告されています。最終的にその出来事をあるがままに認めていくということは、そんなに簡単なプロセスではないとも言われています。


2024年2月4日 年間第5主日 雨の主聖堂 聖イグナチオ教会

 ヨブ記を読んでいくと確かにそのようなプロセスが感じ取られるんですが、今日のヨブの朗読された箇所は、友人たちがやってきていろいろとヨブを慰めるんですけれども、慰めの言葉にならない。ある意味で、ヨブの精神的な状況に全く合わないようなアドバイスを友人たちはするんですね。その中で次第にヨブは、どうして自分がこんな目に合わなきゃいけないんだ。私はずっと神様を信じてきたではないか。私は神様にどれほど尽くしてきたかという自己弁明も始めていくし、その中で嘆きもするし、そして最終的に神様からいろいろと諭されて、そして何も言えなくなってその出来事を受け入れ、最後、神様が以前持っていた財産、家族の何倍ものものをヨブに与えたという話で終わっていくんです。


 そして今日の話は、その中でヨブが本当に落ち込んでいて、私の人生一体なんぼのものかっていう、そういう嘆きを言っている箇所なんですね。そこだけ読むと、なんか私たちの人生虚しいものだとか、一瞬にして過ぎ去っていくこの人生に何の意味があるかというヨブのその声を聞いて、人生ってそうだよなと思ってはいけないんです。思ってはいけない。これはその時のヨブの心の状態を示している。そしてそこから次第にヨブは全てを受け入れ、神を信じ、自分の生き方を神様にお捧げしていく。そういうプロセスに入っていくということです。


 私たちはそうした世界で起こる出来事、そして自分自身において起きる出来事をどのプロセスでそれを考え、そして受け入れていき、新たに歩み出していく力を得るか、そういったことが多分課題になっていくと思います。季節として今日は新年を迎えた日だと申しましたけれども、まさにそうした季節の中で生活していく者として、また新たな思いでこの1年過ごしていくことができますように、ご一緒にお祈りいたしましょう。



PAGE TOP