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2024年7月 ミサ説教

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年間第17主日 ロヨラの聖イグナチオの記念ミサ

髙祖 敏明 神父

7/28(日)10:00- 年間第17主日(ロヨラの聖イグナチオ記念ミサ)


 まずは皆様、聖イグナチオの祝日おめでとうございます。31日から少し早いんですけれども、ミサの初めに申し上げましたように、今日はこのイグナチオ教会の共同体の皆様とご一緒にロヨラのイグナチオの祝日をご一緒に祝っています。


2024年7月28日 年間第17主日ミサ ひまわりと祭壇・十字架・ロヨラの聖イグナチオ像

 今、パリでオリンピックが始まりましたけれども、ロヨラのイグナチオ、あるいはイエズス会がパリと深い縁があることをご存知でしょうか。イエズス会が誕生するとき、フランシスコ・ザビエルも含めた7人の仲間がいて、イグナチオもザビエルも他の5人の仲間も皆パリ大学の学生でした。開会式で船が行ったあのセーヌ川を見て育ち、もっときれいなセーヌ川だと思いますが、そういうふうな時代を過ごしています。そしてそれ以上に大事なのは、イエズス会は修道会としては1540年に教皇パウロ三世によって、ローマで修道会として認可されました。しかし、その修道会の実質的な誕生と言われるパリのモンマルトルでの誓いは、1534年8月15日、聖母マリアの被昇天の祝日に7人の仲間が集まって誓いを立てた。それがイエズス会の実質的な誕生であり、ロヨラのイグナチオはそのリーダーであった。その意味でパリはイエズス会にとって、ロヨラのイグナチオにとって大きな繋がり、深い繋がりがある場所であります。


 イグナチオが口述筆記をしてもらった自叙伝にはこんなことが書いてあります。当時ラテン語と人文学の教養課程を終え、この7人の仲間は哲学とか神学を学んでいました。ザビエルはパリで人文学の教養課程を終えて、哲学の教授になって、哲学を教える資格を持っていたんですね。そんなふうにそれぞれ学んでいた彼らが全員がカトリック司祭になってから、まずイタリアのベネチアに行く。そして聖地エルサレムに巡礼というか、そこに行くこと。これが誓いの1つ。そしてエルサレムに行って、自分たちの生涯を人々の霊的指導に捧げる。これも誓いの中身。もしもエルサレムに永住することが許されない場合にはローマに引き返して、キリストの代理者である教皇に謁見し、より大きな神の光栄と霊魂の利益のために役立つと思われるところへ自分たちを遣わしてくださるようにお願いすること。そして賢明にも、もし1年間ベネチアで待ってもエルサレムに渡る船に乗ることができない、そういう機会がなければエルサレムに行くという誓いから解放され、教皇のもとへ行くことを決めた。こういうふうな誓いを立てています。


2024年7月28日 年間第17主日ミサ お説教をする髙祖神父

 今日の福音でイエス様は、一番最初にありましたけれども、ガリラヤ湖を弟子たちと一緒に舟で渡って向こう岸に渡っていますね。このイエズス会の仲間、ベネチアに集まった時には10人に増えていましたが、この仲間はどうであったか。1年間待ったんですけれども、結局エルサレムに渡る船は出ませんでした。なぜか。オスマントルコとベネチアとが地中海貿易の利権を争って戦争状態になってしまった。ベネチアから船が出ても、地中海をオスマントルコが押さえていますので、そこを無事に渡ることができないという状況で船が出なかったということです。それでこの10人の仲間は元の誓いに従ってローマに行く。教皇パウロ三世の謁見を得る。そして教皇からこう言われるんです。「あなたたちはエルサレム、エルサレムと口にするけど、皆さんにとってのエルサレムはここ、ローマではないんですか?」と言われて、自分たちの心の呪縛というか思い込みから解放されていくんですね。
第一朗読の召し使いも、これだけのパンでこれだけの大勢の人を養うことはできませんよ、どうしてそんなことができますか?と言っている。福音の弟子たちも、これだけ大勢の人を養うのに5つのパンと2匹の魚だけではとても足りません。何の役にも立たないでしょうと、そういうふうに考えて思い込んでいる。でも、神様の計画、イエス様の道は、そういう私たちの思い込みとは違うんです。それを超えてるんですね。福音では5つのパンと2匹の魚をもとに、男たち約5000人が腹いっぱいパンを食べて、魚も食べて、なお裂かれたパンが12の籠にいっぱいになったと記されています。それほど豊かな恵みを神様の方から与えてくださる。私たちの思いを遥かに超えて。


 イエズス会も最初の7人から徐々に会員が増えていきます。5つのパンと2匹の魚、7だな。イエズス会も、最初7だなと思ったりしたんですけども、イエズス会は徐々に増えていきました。そしてローマを拠点にして使徒職に励むのですが、先ほどの誓い通り教皇の御意向に従って、教皇が自分が祈りの中で考えられて、このグループをここに送る、ここに送るということを、派遣されれば世界のどこにでも出かけますという、これがイエズス会の4つ目の誓いに現代でもなっています。
その具体的な例として、当時教会の刷新を行うためにトレントの公会議が行われましたけれども、そこに神学が非常によくお出来になったライネスとかサルメロンという仲間を派遣している。私たちに身近な派遣でいうと、フランシスコ・ザビエルのインド派遣があります。これはイグナチオが派遣しますけれども、元は教皇パウロ三世とポルトガルのジョアン三世が、イエズス会の会員を誰かインドに送ってほしいという要請に応えるものでした。イグナチオはボバディラという人を選んで送ることを決めたんですけれども、ボバディラがポルトガルの大使と一緒にポルトガルに向かう時に病気になっていて、旅行ができなかったんですね。イグナチオの周りに残っているのはザビエルしかいなかった。それで、ザビエルにイグナチオは「あなたは代わりに行きますか」と言ったら、ザビエルは「はい、参ります」ということで、1日か2日で準備をしてもう出かけていったという。この辺も不思議な話ではありますけれども、そうやって、ザビエルのインド派遣が教皇の要請に基づいて行われています。


2024年7月28日 年間第17主日ミサ 祈りをささげる髙祖神父とガラルダ神父

 そしてイエズス会が認可された1540年から半年経った後、41年の4月、ザビエルは自分の誕生日にリスボンを出港して、そしてインドのゴアに渡り、その6年後の12月にマラッカで初めてヤジロウという日本人に会い、その2年後49年8月にはもう鹿児島に上陸して日本にキリス教を伝えた。その流れの中に私たちはいますし、今日のこのロヨラのイグナチオのお祝いをご一緒にしています。そしてこの現聖堂の献堂25周年を皆さんと一緒に祝い、古い教会から言えば75周年を一緒に祝うという、そういうふうな繋がり。そういうことを考えますと、本当に5つのパンと2匹の魚からどれぐらいこの世界に大きく広がっていっているか、神様のわざが行われているかということを改めて思いますし、そのことに感謝を捧げたいと思います。


 数の面では全く足らない状況でも、神様がイエス様を通して人間の思い、期待を遥かに超えて働いてくださる。そして養い、満ち足らせてくださる。食べ物の面のみではなくて、生きる力を与える神の言葉を通して、また神の命に与らせるご聖体を通して私たちを養い、育ててくださいます。今日のこのミサを捧げることを私たちが感謝しながら、現在の世界にある様々な意味の飢えと渇きが神様の働きによって、私たちの本当に小さな存在しかありませんけれども、そういうものを使ってくださり、世界の飢えと渇きが癒されますように、聖イグナチオの取りなしを願いながらこのごミサをご一緒に捧げてまいりたいと思います。



年間第16主日 幼児洗礼式

髙祖 敏明 神父

7/21(日)10:00- 年間第16主日(幼児洗礼式)


 まず、今日、洗礼の恵みを受けられますお2人の赤ちゃんのご家族、そしてお集まりのご一族の皆様、おめでとうございます。洗礼はご家族、ご一族のお喜びではありますけれども、同時に私たちイグナチオ教会共同体の喜びでもあります。そしてもっと広く言えば、世界の教会家族、全世界の人類家族にとっても大きな喜びであります。この喜びの恵みを、まずは神様に感謝したいと思います。


 先ほど福音書を読み上げましたが、この箇所を読んで私の頭に浮かんできました1つのイメージがあります。これはこの教会でも長く奉仕されましたメンディサバル神父様とのつながりです。メンディサバル神父様は私がイエズス会の修練をしている時の修練長でした。夏休みのいろんな広島山口地区にある教会学校のお手伝いをして帰ってきて、修練に戻ってきたら、ちょうど今日のこの福音の箇所を引用されまして「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」。要するに修練期の夏休みを少し楽しみなさいっていう、こういうメッセージを与えてくださったわけです。そのことを今懐かしく思い出していますけれども、ちょうどこの時期、子どもたちが夏休みを迎えます。その子どもたち一人ひとりに、神様がこの心身の安らぎ、休みと健康を与えてくださいますようにお祈りしたいと思います。


2024年7月21日 年間第16主日ミサ 主司式の髙祖神父

 本日の聖書のメッセージを改めて読んでまいりますと、第一朗読の終わりの方で、神様が「このような日が来る」と約束された「民を牧する牧者」を与える。その牧者がイエス・キリストによって実現している。そのことに私たちが気づくように導いているように読むことができると思います。第一朗読のエレミヤの預言書、主の民を牧する歴代の牧者。皆さん持っていらっしゃる聖書と典礼の朗読の下の方には、この牧者というのはユダの歴代の王様を指していると書いてありますけれども、主の民を牧する歴代の牧者、王を、その牧者の務めを果たさなかったということで非難しながら、群れの残った羊を集め、彼らを牧する牧者を私は立てる。そうするとその群れは子を産み、数を増やしていく、繁栄していくというふうな流れになっています。
そして先ほど私が読み上げましたマルコによる福音前半は、使徒たちがイエス様に派遣されてその報告に行くところですけれども、一番最後のところに「大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた」と書いてあります。
今日の福音はそこで終わっていますけれども、この箇所に続くところ、つまり来週の日曜日に読まれる福音をちょっと先に見てみますと、5つのパンと2匹の魚で5000人の人を養ったという、このパンの奇跡の話が続いています。ですから飼い主のいない羊のような有様を見られたイエス様は、そういうパンと魚をもって人々の飢えを癒されたという、そういうこの繋がりになっています。


 このエレミヤの預言、マルコのこの今日の箇所と来週のところを読み合わせますと、ヨハネ福音書が10章で、良い羊飼いについていろいろと話してますけれども、そのことが頭に浮かんでまいります。そのヨハネの福音書でイエス様は「わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。狼が来るのを見ると羊を置き去りにして逃げ、狼は羊を奪い追い散らす」と、自分より前に来た人を非難し、批判しています。
それに対してイエス様は「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出し、先頭に立って行く。羊はその声を知っているのでついて行き、命を豊かに受ける」。「群れはもはや恐れることも怯えることもなく、迷い出ることもない」、このような日が来るというふうにエレミヤが言っていたその神様の約束が、イエス様を通して実現している。それに私たちを気づかせようとしています。
今日の幼児洗礼と今のこの朗読個所を強引に結びつけて読んでみますと、色々とヒントが浮かんでまいります。主イエス御自身が牧者であり、羊飼いである。一人ひとりの名を呼んで導き、豊かな命を与えてくださる。今日洗礼を受けるお2人の赤ちゃんも誕生した時に名前をいただいたわけですけれども、今日洗礼を通して、洗礼によって新しい人になって新しい名前をいただきます。それに結び響き合っているように思います。


2024年7月21日 年間第16主日ミサ 御聖体を掲げる髙祖神父と柴田神父

 そして、マルコの福音書はパンと魚で養うストーリーがこの後続くと申し上げましたけれども、パンは申し上げるまでもなく、通常の私たちのパンと御聖体のパンのことを意味しているでしょう。そして、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つひとつの言葉で生きる」というこの聖書の言葉を思い起こします。通常のパンと御聖体、そして神のことばによってイエス様は私たちを養ってくださる。
洗礼を受けるこの2人の赤ちゃん、親とご家族が中心になって育てていきますけれども、私たち教会共同体もそれに協力しながら、受洗した子どもが日用の糧、パンと聖体と神のことばとで養われ、育てていくように私たちも進めていきます。また魚、これはキリスト教の伝統でキリストの象徴だというふうに言われています。なぜこれが象徴なのか。「イエス・キリスト・神の子・救い主」というこの言葉の頭文字をつなぎ合わせると、ギリシャ語の魚(ichthys)という綴りになるからです。ですから、魚がキリストの象徴としてよく使われています。魚は水と深い関わりがありますので、洗礼を象徴する意味もあります。パンと一緒に組み合わせられると、ご聖体の秘跡のことを意味しているというふうに言われます。
今日のこの洗礼式にパンと魚が登場するというのは、非常にそういう意味で意義深い。私たちに、しっかりとこのパンと魚のことを心に留めてくださいねっていうような、そういうメッセージが込められているようにも思います。


 今日の洗礼によって新たに生まれる2人の子どもたち、「イエス・キリスト・神の子・救い主」の命に与る光の子となり、キリストに似た者とへと育っていきます。その恵みを私たちは心合わせてお祈りしたいと思います。そして私たち自身も洗礼の恵みを受けていますので、その恵みに感謝しながら、ますます「イエス・キリスト・神の子・救い主」の子として成長できますように、皆で祈り合いたいと思います。


洗礼を受けられたお子さまたち、またご家族の皆さまおめでとうございます。


年間第15主日 侍者祝福式

柴田 潔 神父

7/14(日)10:00- 年間第15主日(子どもとともにささげるミサ)


 イエス様は12人の弟子を2人1組にして、神様の国を伝えるために送り出しました。柴田神父さんはカブトムシをオスメスつがいにして、難民のお友だちを助けるために送り出しています。今日、教会の前で神父さんたちが育てたカブトムシを見たお友だちいますか?はい、ありがとうございます。1年かけて大事に育てました。始まったのは2011年の東日本大震災の後、原発事故で苦しむ福島のお友だちを助ける時からです。今年で14世代目。最初はカンガス神父さんがおられる山口からです。

2024年カブトムシ難民支援募金で頒布されたカブトムシ

 カブトムシの卵、見たことある人いますか?卵はお米の粒ぐらいの白い小さなものです。この小さな卵が栄養のある土をたくさん食べて、このぐらいの大きさになります。40グラム。ここに写真があるんですけれども、詳しく説明すると1時間かかりますので、今日は割愛させていただきます。幼虫はサナギになって1ヶ月すると成虫になります。


 カブトムシは飛べますか?はい、飛べるんだよね。カブトムシは飛べます。幼虫は飛べますか?飛べない。飛べない幼虫が飛べる成虫に変わります。こういうふうに全然姿形が変わることを完全変態と言います。蝶々もそうだよね。芋虫だったのがサナギになって飛べるように蝶に変わります。神父さんはこの成虫になったカブトムシ、元気で大きいカブトムシを今日お分けしていますが、難民のお友だち、日本に来て住むところがなかったり言葉がわからなかったり、困っている人のお手伝いのために育てています。300匹ぐらい地下で育てていましたが、詳しくは明日か明後日届くカトリック新聞に載ることになりました。7月21日号です。関心のある方はぜひお読みください。


 さて、今日は18人の新しい侍者の祝福式です。新侍者はどういうふうに生まれたのかちょっと考えてみました。まず、命について。天のお父様が、お父さん・お母さんを選んで、みんなが生まれました。お父さん、お母さんは、よく考えて神様の命、洗礼を授けました。それから9年経って今年の4月に初聖体を受けました。今年初聖体のお友だちは、祭壇を囲んで命のパンをいただきました。覚えてますか?うんうんって頷いてるね。よかったです。13人のお友だちは命のパンをいただくだけではなくて、神様に近いところで奉仕したい、侍者になろうと決心しました。リーダーたちにたくさん教えてもらって、今日、侍者の祝福式を迎えました。


2024年7月14日 年間第15主日ミサ 侍者祝福式が行われました。

 今日の侍者の祝福式、誰が喜んでくれるでしょうか?心の中を推測してみます。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。カブトムシの卵のように小さかった信仰の種が、大きくなって侍者になりました。会衆の皆さんの前で、神様のために奉仕できるような姿に変わりました。イグナチオ教会では、毎年新しい侍者のお友だちが生まれています。それは特別なことだと思います。子どもたちだけが侍者をしている教会はそんなにないからです。教会の信仰が受け継がれています。だから、喜んでいるのはご家族だけではありません。イグナチオ教会が、新しい侍者が生まれたことを大喜びしています。


 昨年の夏の侍者会キャンプの分かち合いからです。


どうして侍者を続けるの?

最初は、親に、お友だちに誘われたから。ドキドキするけど、神様のためにお手伝いしたい気持ちが続いている。ひと月に1度だから辞める理由もない。9歳から始まって高校3年生まで10年続いた。

侍者の心得

  • 会衆のお手本になる。手をそろえてお祈りの姿勢を保つ。
  • 歌舞伎の黒子、ミサでは目立たない、邪魔をさせない。
  • 教える役割

    • 小さい子たちは新鮮で、ドキドキしているのがわかる。こんな小さな子が頑張ってる。私の方が感動する。
    • 新侍者の保護者が香部屋の外で待っている。中学生の私に「ありがとうございました」「初めの頃はしたがってなかった。でもやり終えた子どもの表情がとても良かったです」とお礼を言われる。
    • 高校生の私に「あの人、一緒に侍者した人だ」と駆け寄ってくれる。
    • 「次もしたくなる、自信持ってやってくれるように」と願いながら、一緒に小さい子と侍者をする。
    • 「苦しいものとかじゃなくて、また次もやりたい。仕事と思うのではなくて、好きでする、楽しんでするようになってほしい」

     侍者のお友だちの中で信仰が育っています。家族で、教会の中で信仰は受け継がれています。カブトムシが、そして新しい侍者のお友だちがイエス様に派遣されます。今日はそのお祝いです。あたたかい気持ちで祝福式を始めましょう。


    2024年7月14日 年間第15主日ミサ

    年間第14主日

    ハビエル・ガラルダ神父

    7/7(日)10:00- 年間第14主日


     この福音を背景に、妬みについてご一緒に考えてみたいと思います。惨めで不愉快、欠点である妬みについて少し考えましょう。


    2024年7月7日 年間第14主日ミサ お説教をする司式のハビエル・ガラルダ神父

     イエス・キリストが自分の村、ナザレに戻りました。本来ならナザレの人々は、自分の村人が有名になって、偉い人になったことで喜んでいたはずです。例えば、ある野球の偉い選手が生まれた小さな村に戻る時には、みんなが大喜び、歓迎して誇りに思っているんです。ところが、このナザレの人々は暗いですね。昔の中学生の言葉で言えば、超感じ悪い。イエス・キリストが戻る時には、心の中で「えー」と思うんですね。何でこの人は、この地位はどこで得たんですか。この人の奇跡は一体何ですかと批判的に、信じないで、イエス・キリストの成功を落とそうとしているんです。なぜかというと、妬みを感じていたからです。私たちも似たようなことをしますね。例えばフィクションで、先生の例を出しましょう。A先生とB先生がいるんですね。A先生が合宿で学生たちと話している時、そこにいないB先生について学生たちが褒めているんですね。素晴らしい先生です、立派な人格です。聞いているA先生は、ああ、そうですねと言葉では言うけれども、本当は「えー」と思っているんです。これは裏を知ってるからですね。裏の欠点を知ってるので「えー」と思うんですね。ところが、学生たちも頭は悪くはない。学生たちもその人の欠点をよく知っています。それにも関わらず、その先生の良いところも知っているので、感動して本気で褒めるので素直です。A先生は妬みの塊です。私たちみたいですね。惨めで不愉快な欠点です。楽しくない。でも身近な欠点ですね。


     では、どうしましょうか。直すのは難しいですね。妬みは高慢と絡んでいるので、エゴイズムと高慢は人間の所悪の根源で、罪の根源ですね。だから取り除くことは無理に近いです。こうしましょう。その反対行動をとればいいかもしれません。反対行動というのは、良きライバルになるということです。その人の良きライバルに、お互いに良きライバルになるということです。良きライバルというのは何かというと、お互いに相手の良い点も見ること、そして相手の良いところを喜んで褒める。感動する。そして学ぶ精神。その人の良いところを学ぼうとする謙遜な精神です。そして、その人の成功を心から祈る。それと同時に、なおかつ、負けてたまるかという気持ちを出すんですね。その人を立てて今度、私は負けるかよと思って、努力でもってその人の高さにまで上がろうとする。この向上心ですね。つまり、妬みの悔しさを向上心の刺激に変えることです。こうすれば良きライバルになりまして、そしてお互いに仲良く、明るく成長することができます。


    2024年7月7日 年間第14主日ミサ

     良きライバルというと、素晴らしい例が聖書にありますね。洗礼者ヨハネとイエス・キリストはまさにこの通りです。相手がいないとその人のことを褒めるんですね。洗礼者ヨハネはイエス・キリストのことをいつも褒めていました。しかも、自分の弟子たちをイエス・キリストに送りました。「彼のところに行きなさい、彼は神の子羊ですから」と。私たちはそんなことしないですね。自分の弟子、自分の仲間を自分のものにしたいんです。絶対に人にあげない。ヨハネは「行きなさい。彼の方が私より上」。素晴らしい人ですね。そしてイエス・キリストも、洗礼者ヨハネがいない時には褒めるんですね。預言者の中でナンバーワンですよ。そうした人間として本当に誠実な人、真の人です。真の預言者です。イエス・キリストは彼から洗礼を受けるんです。お互いに仲良く褒め合って、本当はライバルになるのはおかしくなかったのです。洗礼者ヨハネは本当のメシアだ、と思っていた人がいましたね。すごく偉い人だった。だから醜い争いがあるのはおかしくなかったのに、あの2人は良きライバルになって良かった。


     なぜこんなことができたんですか。まず、彼らが人からの誉れをあまり求めていなかったんです。神の前に豊かになるということに憧れていました。人の評判は別にどうとも思わなかったのです。これも学びましょう。私たちは褒められることを求めすぎるんですね。称賛を求めすぎるんですよ。もちろん求めるのは当然ですけれども、求めすぎる。それで妬みを起こす。ですからこのようにしましょう。彼らが良きライバルになれた1つの理由は、神の前に豊かになりたい。もう1つの理由は、目的が同じです。2人とも目的は人間の救いです。洗礼者ヨハネもイエス・キリストも、人が救われるために存在を懸けて生きていたので、神の前に、そして人を助けるために、救うために生きる。そうすれば、私たちも良きライバルになって、この醜い欠点である妬みを、ある程度超えることができるでしょう。これを願い求めましょう。


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